02. 蒼伊の目的

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「──せっかくならさ、勝負しようよ」  山瑚荘を出るなり、トールがそう切り出した。  ジリジリと蝉の鳴き声が(はや)し立てる。蒼伊はすぐに不穏な空気を感じとった。  何を企んでいるんだと牽制(けんせい)の言葉が口をつきかけたが、桐助と六夏の前であることを思い出し、(すん)でのところで踏みとどまった。 「勝負って?」  代わりに振り返った六夏がそう訊き、怪訝そうな表情を見せた。 「キノコ狩りが分かりやすいかな?」トールは不敵な笑みを浮かべた。「食べられるキノコをたくさん採った方の勝ち。その方が夜のバーベキューも充実するし、楽しみも増えるんじゃない?」  珍しくトールが殊勝なことを言っている。言葉上に限ってだが。その不遜(ふそん)な態度からは何か裏があるのではないかと、穿(うが)った考えを禁じえない。 「ふぅん、そっか。なるほど、なるほどね」  吟味するようにわざとらしく繰り返した六夏は、トールを見据えてわずかに目を細めた。 「それ、ただの勝負じゃないでしょ?」 「お、リッカご明察。さすが」  緩慢に手を叩きながらトールは(うそぶ)いた。 「そんなあからさまな振りされたら分かるに決まってるじゃない」 「そう。ただの勝負じゃつまらない」  聞いておいて合意を求めない。さも当然のように我を通すトールである。 「だからこうしよう、勝った方が何でも一つ言うことを聞く」 「いいよ。受けて立つ」  間髪入れずに六夏が言い放った。  ついでに先ほど山瑚荘から借りた盆ザルを一つトールに寄越していた。 「そうこなくっちゃ」  盆ザルを受け取ったトールは満足げに頷いた。  蒼伊は思わず目を見張った。  六夏、あからさまな挑発に乗るのかよ、と。  蒼伊と桐助そっちのけでトントン拍子に話が進んでいく。  その隣で桐助が不思議そうに首を捻っていた。「言い間違いか?」 「これはサシってことでいいのよね?」  男性陣の戸惑いなど意に介せずに、六夏がトールに訊いた。 「そうだね。サシの勝負さ。ま、せいぜい毒キノコには気をつけなよ」 「言われなくても」  六夏は負けずに言い返すと、ポニーテールを揺らしながら一人森の中に入って行ってしまった。  あまりにも流れるような展開だったため、ぽかんとしているうちに引き留める機会を失った。  ()いでトールの視線がこちらに差し向けられた。 「じゃ、ということでぼくも行くよ。リッカに負けるつもりはないから」  軽快な足取りでタタっと駆け出したトールを同じく見送り、蒼伊は桐助と二人顔を見合わせた。 「あの二人はいつの間にあんなライバル関係みたいになっているんだ?」と桐助の素朴な疑問。 「知るわけないだろ……」  そんなの俺が訊きたいと、蒼伊はため息混じりに呟いた。 「なぁ桐助。トールって……変わってるよな」  蒼伊は遠回しに桐助に訊いてみた。  彼がトールのことをどのように感じているのか、知りたくなったのだ。 「変わってるな。うん」  意外にも桐助は素直に頷いた。 「そこは否定しないんだな」  まぁ、あれだけ奔放に振る舞っていれば、桐助がそう感じるのも仕方ないかと思い直す。 「トールのことどう思う?」  蒼伊がそう訊くと、桐助は顎に手を添えて視線を横にずらした。少し考える素振りを見せる。 「んー。健気(けなげ)、かな」 「健気ぇ?」  まるで意図していない言葉だったため、素っ頓狂な声が出た。 「あれのどこが? あれだけ太々(ふてぶて)しく振る舞っているのに?」  思わず全部本音が出てしまった。あっ、と思い、ゲフンとわざとらしく咳払いをする。 「気を引くのにああやって振る舞っているんじゃないか?」と何とも肯定的な意見が出た。 「今まで引越しを何度も繰り返してきたらしいな。それに、あのジェンダーフリーな性格だから、なかなか周りとも馴染(なじ)めないって。まぁおれは人の個性を否定する気はないから気にしないけどな」  なるほど。トールの奴……。  いつの間にか桐助に根回しをしていたらしい。  一体どこから引越しなんて嘘八百を引っ張り出したんだか。  トールが馴染めないのは、間違いなくあの性格が災いしていると思うのだが。  桐助ほど前向きな解釈は、蒼伊にはできない。 「すごいよな、お前って」 「それは肯定的な意味で受け取っていいんだよな? てか知ってるだろ、おれのモットー」 「個性を大事に」  蒼伊はニヤリとして言う。 「命を大事にみたいに言うなよ。まぁでも違いないな。欲を言えば、高校の先生方にももっと大らかな心を持ってほしいわけで……」  そんなことを言いながら、人差し指でクルクルと自らの髪を指し示した桐助に 「それは校則のグレーゾーンを()くお前が悪い」とズバリ言ってやった。 「あーあー。耳が痛い」と大仰に耳を塞ぐ素振りを見せる桐助である。 「……ま、そんなことはさておき」  ふと、桐助の冗談めかした言動が鳴りを潜めた。ストンと腕を下ろし、少しばかり神妙さを帯びた瞳でこちらを見据える。 「蒼伊、一つ訊いていいか?」 「なんだよ、改まって」  親友から差し向けられた視線に、何故か居心地の悪いものを感じた。 「気を悪くしないでもらえると助かるんだが」  そんな前置きをしてから桐助は続ける。 「今回の旅行、──どうしてわざと二時間早く来るように仕向けたんだ?」
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