ほころび

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ほころび

 環にとって、智也はとても綺麗な人間だった。  母が死んで、叔母夫婦に引き取られて、始めて知った自分の従兄弟。  一年生の時は違うクラスで、会話もしたことがなかったけれど。  環はちゃんとその存在を意識していた。  智也の実物を見たのは、いつものように女子生徒と中庭で恋人ごっこをしていた時だ。 「あっ、相原くんだ」  膝の上に跨っていた今では名前も覚えていない女子生徒が指さしたその先。  花壇の前にしゃがんだ智也がいた。  向こうからこちらの姿は見えないようで、話題に出しても声すら届かない。  そんな距離感。 「相原、智也?」 「そうそう」  確認する様に名前を尋ねると、有名なのか女子生徒は智也のことを環に話して聞かせた。  潔癖症で、綺麗好き。  近寄りがたく、友人も少ないらしい。  ただそれだけの情報だが、環は智也を眩しい目で見つめた。 「相原くんに見つかったら、汚い〜とか言われるのかなぁ?」 「そうだねえ、汚いって言ってくれるだろうね」 「あはは! 何その言い方、ウケる」  智也はきっと、環を見て汚いと言うだろう。  綺麗な彼は、きっと、環の望む言葉をくれる。  だから、環は、智也には近付けない。  美化委員の活動で花壇の世話をする智也を、それから度々見かけて、環は陰からこっそりと見続けた。  智也は花や土を触る時、決まって手袋の上から軍手をつける。  誰もが智也の潔癖を煩わしそうに見ていたが、そんなところも、環はいいな、と思っていた。  そして隣の席になって、一緒に暮らすようになって。  智也の内面の綺麗さまでをも目の当たりにして、環はより一層智也を神聖なもののように感じていた。  汚れた世界で、彼だけが綺麗だった。  綺麗なものには触りたくない。  汚れたものを、彼に近付けたくない。  だから、彼の言う通りに、環は教室には女を連れてこなかったし。  智也に指示されれば手洗いも、風呂も完璧にした。  部屋の中では一緒にいるけれど、お互いの部屋には入らない。  お互いの交友関係にも口は出さない。  だって、一緒にいても、世界が違う。  環は、智也と距離が近くなるたびに、内心で智也をずっと避けていた。  避けていたのだ。あの日まで。
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