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土曜日の朝。
環は布団から起き上がると、歯を磨きに部屋を出た。
リビングに智也の姿はない。
時計を見やると朝九時。
であれば、智也の居場所は簡単に割れた。
軽く身支度を済ませてパーカーを羽織る。
環はスマホと財布だけをポケットに捩じ込んで部屋を出た。
エレベーターを降りて1階に降りる。
朝の光が眩しい。目を細めて、エントランスのガラス張りになった窓の前で、環は柱の隅に姿を隠した。
窓の向こうには、このアパートの庭がある。
そしてそこには、智也か管理人と草むしりをする姿があった。
安く部屋を借りることを条件に、智也が管理人の手伝いをしていることは、智也の両親を経由して出会う前から知っていた事実だった。
学園の美化活動と同じく、潔癖なのに何故土を弄るのか、不思議に思っていたが、智也と暮らしてみて環はその解を得ていた。
智也は、綺麗にすることが好きなのだ。
潔癖だから、汚いものに触れたくない、と拒絶するのではなく。汚いから綺麗にしたい、と自ら手を伸ばす。
智也の傍にいると、環まで綺麗にされてしまう気がした。
でもそれは環の本意ではないから。
だから環は、その眩しい姿を、こんな風に遠くから見ることしか出来ない。
智也が潔癖になったトラウマを話してくれた時。
正直なところ、環の心の中は大荒れの模様だった。
それは、神が神たり得るまでの軌跡を知ったような。
しかし、それは、自分にも共感が出来る感情で。
あんなに遠くにいた智也が、実はすぐそこにいたと、感じざるを得なくて。
環は少しだけ、心の距離を詰めてしまった。
だから、あんなことになったのだ。
《環のことを……汚いとは思ってない》
そんなことを言って欲しいわけじゃなかった。
でも、言わせてしまったのは、環なのだ。
汚くない環は、綺麗にしてもらえない。
綺麗にされたいわけではないのに、いざ突き付けられると、辛かった。
それから、環は智也を避けていた。
いや、逃げた。
智也がこれ以上環に近付くことが、怖くなったのだ。
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