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環はアパートを出て、ぶらぶらと公園を散歩していた。
適当にベンチに座り、途中で買ったジュースを飲む。
スマホを弄って、適当に遊んでくれる女の子がいないか思案する。
「んー……駄目か」
二、三人に連絡したが、今日は予定がある、と断られてしまった。
こんな日は諦めるが吉だ。
環はスマホをポケットにしまって、ベンチの背もたれに深く沈むと、真上に広がる青空を見上げた。
雲がゆっくりと風に流れていく。
引き伸ばされて、千切れて。
どこまで細かくなったら、雲は雲じゃなくなるんだろう。
そういえば、雲にも名前があったなあ。
そんな意味もない考えに浸って、無為に時間だけが過ぎていく。
ふと、自分の頭に、影がかかった。人だ。
逆光で顔は見えない。
体を起こして視線を向けると、環はすぐに状況を理解した。
「環ぃ、こんなところで何してんだよ」
去年同じクラスだった男子生徒だ。
この近くに住んでいたのか。
「んー、散歩かな」
「暇してんならさぁ、付き合えよ」
男の手が、親しげに環の肩を掴む。
その下卑た口元が、歯を出して緩んでいた。
「……いいよ」
ああ、世界は汚い。
そんな自分も。
汚くて。
安心する。
環は男の後に続いて、公園を出た。
智也は庭の手入れを終えた頃だろうか。
「ただいま〜」
「お、おかえり」
環はその日、空が暗くなってから帰宅した。
すっかり日課となってしまった手洗いとシャワーを環が済ませた頃、リビングにはすでに夕飯が並べられていた。
「あれ? 智くんが作ってくれたの?」
「おう、夏川(なつかわ)さんが野菜を分けてくれてな」
夏川とはアパートの管理人の名である。
どれだけ野菜をもらったのか、テーブルの上にはサラダが大盛りで用意されていた。
ぐるりとテーブルと台所を見回す。
「俺はメインディッシュ作ればいいのかな?」
「す、すまない……これが俺の限界だった」
環が来る前はコンビニ弁当で済ませていたという智也は、料理らしい料理が出来ない。
環は役割を理解して、すっと台所に立った。
「んーん、作ってくれてありがとうね。俺が作るの一個減ったよ〜」
背中を向けて、袖を捲る。
冷蔵庫を開けて、食材をチェックした環は、背中に感じる視線を受け流して、まな板を洗った。
「環……」
「今日は生姜焼きにするよ〜」
「環」
「時間かかるし、タレに漬け込むのじゃなくて、かけて食べる方にするね」
智也の呼びかけを意図的に無視する。
智也が自分に意識を向けているのはわかっていた。
おそらく、視線の先は。
「……肩、どうしたんだ」
「……」
襟ぐりから覗いているだろうその跡に、智也の困惑した声がかかる。
環は包丁を置くと、智也に向き直った。
その顔面には、笑顔を張り付けて。
「俺は智くんを気にしてもいいけど。智くんは俺を気にしちゃ駄目だよ」
それは、環の明確な拒絶。
駄目だよ、俺に触ったら。
綺麗な君が汚れちゃう。
暗に聞くな、と言って、環は首から肩にかけて付いた歯形を隠した。
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