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智也は環の拒絶を受け入れて、あの後は何も聞いてこなかった。
何か言いたそうにしていることはあるが、踏み込んではこない。
そう。それでいい。
智也は綺麗でいなくちゃ。
いつものように寝食を共にして、教室へ行き、中庭で時間を潰す。
今日の放課後は、特に予定はなかった。
智也は美化委員の活動日で、毎週この日は帰宅が遅くなる。
夕飯を作るにはまだ早過ぎた。
しかし、夏の陽気を見せ始めた中庭は、ぼーっと過ごすには暑過ぎる。
環は冷房の効いた教室で時間を潰そうと、教室へ足を向けた。
そこで献立でも考えよう。
それが、間違いだったと気づくのは、まだ先だった。
教室の自分の席に座って、環は窓の外に視線を向けていた。
帰宅部はとうに帰り、みな部活動や委員会活動に精を出しているこの時間。この教室には誰もいない。
この場所からは、花壇で作業をする智也が見える。
熱心だなあ、そんな何ともない感情を抱いた時。
「環ぃ」
開いた背後のドア。
入ってきたのは、数日前に公園であった元クラスメイトだった。
「……何、竹中(たけなか)」
「遊ぼうぜ」
竹中は、去年の途中まで柔道部の期待の新星だった。スポーツ推薦で入学したことを誇りにしており、部活動にも熱心だったと聞く。
足の怪我で柔道が出来なくなり、くさっていたところに、たまたま環が居合わせた。
それからの付き合いだ。
「ここじゃない場所ならいいよ」
「ここだからいいんだろ」
竹中は強引に環の腕を掴んで立ち上がらせると、そのまま床に引き倒した。
がた、と机の位置が僅かにずれる。
環の視界にすすけた天井が映り込んで、汚いなあと胸の中で一人でごちた。
智也の姿は見えなくなってしまった。
もう自分の世界には汚いものしか見えない。
少しだけ怖くなって、抵抗する。
剥き出しの腹を殴られて息が詰まった。
「ほら、女の子大好きな環ちゃん。今日は君が女の子ですよお」
馬鹿にした竹中の声が、環の耳から脳に染み込む。
環は諦めたように目を閉じて、汚い世界に身を投じた。
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