ほころび

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 満足した竹中が教室を出て行って、どれくらいの時間が経過したのか。  殴られた腹も、掴まれた腕も痛い。  心だけは、不思議と凪いでいたけれど。  よろよろと身を起こして、どろりと後孔から漏れた白濁に眉を顰める。  鞄の中から智也に貰ったウェットティッシュを取り出そうとして、環は視界に入ったものに愕然とした。  智也の席の椅子の脚に、どちらのものとわからない白濁が飛んでいた。  汚れた。  智也が、汚された。  汚したのは。 「…….っ」  環は乱暴に服を着込むと、ウェットティッシュを全部取り出して汚れを拭いた。  椅子も、床も、そして頬を伝う涙も拭いて。  全部、なかったことにしたかった。  汚してごめんなさい。  綺麗な君の世界を汚して。  ごめんなさい。  涙は止まったけれど、世界の汚れは、全然落ちた気がしなかった。 「た、まき……?」  呆然とした声に意識を引き戻されて、環はゆっくりと背後を振り返った。  教室のドアに手をかけた智也が、青褪めた顔でこちらを凝視している。 「な、に……? なにして……」  理解を拒否しているような智也の言葉に、環はあの日常の終わりを感じていた。  智也の視線が、環の姿を一つずつ確認する。  相手が男だとは思わなかったかもしれないが、乱れた衣服に、何が行われたかは理解しただろう。 「やくそく、しただろ……」  智也の震える唇が、雄弁に物語っていた。 「俺の前でシないって、言っただろ!」  智也は最後まで汚いとは口にしなかった。  しかし、鞄を置いて立ち去った智也に、環だけが全てを理解していた。  自分は、智也に綺麗にすらしてもらえない汚れなのだ。
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