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汚い世界
《この世界はみぃんな汚れているの。だからあなただけは綺麗なままでいて》
環が物心ついた時、すでに環の世界は母だけだった。
環は私生児である。
環の母明子(あきこ)は、十九歳の若さで環を産んだ。
明子は六つ歳の離れた姉と二人姉妹で、田舎の町で箱入り娘として育ったそうだ。
美人で淑やかで、聡明。評判の姉妹だったという。
しかし、明子は高校生の時、声をかけて来た男に騙され、環を身籠ったまま、勘当同然で家を追い出されていた。
ふらふらと行く宛もなく彷徨う明子を拾ったのは今の雇い主だ。
それからずっと、明子と環はこの部屋で暮らしていた。
2DKの戸が連なるこのアパートは、社宅兼明子の仕事場だった。
明子は風俗嬢である。
ブローカーが連れてきた男と伽を交わし、金を得て暮らしていた。
環はプライベート用に割り当てられた部屋で母の喘ぎ声と客の喘ぎ声を聞いて育った。
《みんな汚れているのよ》
《私を騙した男も、ここにくる客も、みんな》
《だから、私も汚い》
《環だけは、綺麗でいてね》
《環は私の宝物よ》
そんな生活でも、明子は環を慈しんで大切に育てた。
学校にもちゃんと行かせたし、休日には外に遊びに出かけた。
環は母が大好きだった。
いくら母が自分を汚いと蔑んでも、環にとってはそれが母で、自分の唯一だった。
だから環は、母のように慈愛に満ちた、汚い大人になりたかったのだ。
環は母のためなら何でも進んでやった。
家事が苦手な母のために料理を覚え、肉体労働で疲れた母を少しでも休ませるために洗濯や掃除をした。
母は決まって環の頭を撫でて、ありがとう、大好きよ、と微笑むのだ。
そんな日常が好きだった。
しかし、その日常は、環が中学生になって脆くも崩れ去ることとなる。
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