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春も麗かな、四月の初め。
未だ冷たさを孕んだ春の風が地面の花びらを巻き上げ、くるくると桃色の絨毯を広げていく。
桜咲(おうさか)学園はその名前の通り桜並木を抜けた向こうに佇む、男女共学の私立高校である。
高校二年生になる相原智也は、通い慣れた通学路をいつものように歩き、どこか新鮮な気持ちで教室の扉を潜った。
そして今、相原智也(あいはら ともや)の気分は、最悪だった。
「なんでよりによってお前と隣なんだ!」
思わず、憤慨するほどに。
「えー? 先生が決めたからでしょー?」
「そんなことを言っているんじゃない!」
だるそうに机に肘をついて座る男の姿に、思わず顔が引き攣った。
間延びした喋り方が鼻につく。
最悪だ。
天敵とも言える男の存在に今年一年の苦労を想像して、智也は盛大にため息を吐いた。
若村環(わかむら たまき)は、学年ではある意味有名な男だ。
曰く、女遊びが激しい。
曰く、毎日のように女を入れ替える。
入学当初から流した浮名は数知れず。
金髪に染められた髪は根元が黒くなっていて、お世辞にも綺麗とは言えない。
眠そうな垂れ目に、泣きぼくろのある目元がセクシーだと、クラスの女が言っていたのを思い出す。
シャツのボタンも第二ボタンまで開けられており、その下には赤いティーシャツがのぞいていた。
腰で履いたスラックスを見て、だらしないと思う感性は、環にも周囲にも備わっていなかった。
今まで智也が関わってきた人間にいないタイプ。
智也にとってはそれだけの評価。
自分と関係ない世界で暮らしている、人間。
しかし、それが被害を被るなら別の話だ。
「いいか! 絶対に俺の横で不純異性交友するなよ!」
「潔癖の智くんの横でさすがにそれは出来ないでしょー」
潔癖。
智也はその単語に僅かばかり眉を顰めた。
智也の潔癖は知る人ぞ知る特性であり、自身の最大の短所だった。
潔癖と言っても大したことはない。
ただ、人よりも汚れに敏感なだけだ。
自分としては綺麗好きが昇華した程度にしか思っていない。
除菌のためのアルコールスプレーと、ウェットティッシュを持ち歩く男子高校生を、周囲が奇異の眼差しで見ているだけである。
世の中の男子高校生に清潔感を求める方が間違っていることには同意するが、智也の中の基準ではとてもではないが彼らと同じようには出来ない。
ましてやノリで肩を叩き合うなど、考えただけでも鳥肌だ。
幼い頃から培われた智也の潔癖は、トラブルを生まないまでも他人との適度な距離感を築かせるのには役に立っていた。
昨今の男子高校生なら着崩して当たり前の制服をきっちりと着込む智也は、自前の黒髪も推奨とされる耳上で切り揃えている。
学生の本分は勉学である、とでも言いたげな態度をクラスメイトは面白おかしく揶揄するが、それが智也の信条だった。
「智くんの生活に俺の性活は持ち込まないから安心してよ」
「智くんと呼ぶな! アルコール吹くぞ!」
相容れない。
こんな男と一年間隣の席だと思うと先が思いやられた。
進級後初めてのホームルームを苛々とこなし、それきり会話もなく家路へとつく。
明日からどう過ごそうか。
なのに。
帰宅したら当の環がそこにいた。
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