その腕で、触って

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 恐る恐る智也はその教室に足を踏み入れた。  環が動かない体で、ずるずると距離を取るように後ろに下がる。 「まって、だめ……ともくん、だめ……」  明確な拒絶が環の口から紡がれる。  肌けたシャツからは大きな青痣と、小さな赤い斑点が散らばっていた。  焼き切れそうな怒りが脳内を支配する。  俺の、環に。  ぎり、と握った拳から血が流れて、教室の床を汚す。  環はそれを目で追って、唇を戦慄かせた。 「ともくん、ち、血が出てる……手当て、手当てしなきゃ……」  自分の方が酷い状態だと言うのに、智也を優先する環に、心の中が不思議と冷静になる。  智也は流れた血をそのままに、環をふわりと抱きしめた。 「だめ! やめて! 今俺汚いから!」 「環」  抵抗する環の手が、智也の体を押し退ける。  離れた体を寂しく思いながら、智也は環のシャツのボタンを一つずつ留めた。 「い、いい……っ、智くんはそんなことしないで……っおれ、きたないから……っ」  環の言葉を無視してズボンも履かせて、智也は自分のブレザーを環の肩からかけた。  環のブレザーは、環に持たせてやる。  そして、智也はそのままゆっくりと環を抱き上げた。  突然の浮遊感に混乱したのは環である。  言葉を失ったように、環は同じ言葉を繰り返した。 「離して! 智くんが汚れちゃう!」  智也は環を落とさないように抱き直して、その腕に力を込めた。  環の目に涙が浮かぶ。 「汚れちゃうんだってばあ!」 「汚れたっていい!」  智也の言葉に、環の抵抗がやんだ。  どうして……環の唇が震える言葉を紡ぐ。 「なんで……俺は、綺麗な君を汚したくないだけなのに……」  環の叫びを受け止めて、智也は真っ赤な顔で環に真っ直ぐに思いをぶつけた。 「環が傷付いてるのに、汚れなんて気にしてられるか!」  智也は目を見開く環を抱いて、そのまま二人の部屋に戻った。
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