63人が本棚に入れています
本棚に追加
新しい、日常
それから。
環との共同生活は思ったよりも上手くいっていた。
環が智也の定めたルールをけして破らなかったこともあるが、意外にも環が家事が得意だったからだ。
「お前、料理できるのか」
それは同居を始めて次の日のことだった。
委員会の仕事を終えて帰宅した智也を、環が料理を作って迎えたのだ。
「もー、智くん。環だってば」
拗ねたように頬を膨らます環の服は、黒のスエットだ。
風呂にもきちんと入ったらしい。髪がわずかに湿っている。
約束を守った環にやや感動して、智也は興奮気味に再度問いを重ねた。
「環、この料理は……」
「んー……お母さんが料理出来なかったからねえ」
母子家庭で育ったという環は、父親の顔さえ知らなかった。智也の両親に引き取られたというのも、母親が亡くなったからだという。
環の孤独を垣間見て、智也は憐れみを胸に抱いた。人肌を求めるのは、寂しいからかもしれない。
いや、かといって高校生が不特定多数と淫行するのは如何なものか。
智也は胸によぎった感情を無理やり追い出した。
「俺の作ったのなんて食べたくなかったらいいよ」
「いや、食べる」
即答した。
けして豪華ではないが、家庭的な料理がどんどん出来上がっていく。
味も申し分なく、それから料理の担当は環になった。言うまでもなく掃除の担当は智也である。
「え?! 智也が弁当?!」
教室で環が作った弁当を広げると、食事中に近寄ってこない友人が珍しく食いついてきた。
「食事中だ、埃が入る」
「いやいやそんくらいいいだろ」
智也は弁当箱を一度閉じて友人と向かい合った。
島津颯太(しまづ そうた)は智也の数少ない友人の一人である。
智也の潔癖を受け入れ、それでも付き合ってくれる心の広い男だ。
「色々あってな」
「その色々が知りたいんだけど。もしかして恋人出来た?」
「恋人にはなってない!」
智也は弁当箱の蓋を押さえて、ややかかり気味に颯太に反論した。
環が教室で昼飯を食べないことに内心感謝する。弁当の中身が一緒だとばれたら何を言われるかわからなかった。
そんなことを考えていた智也は、環の所在に気を取られて自分の失言に気付かなかった。
最初のコメントを投稿しよう!