新しい、日常

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「には?」 「へ?」  弁当箱の蓋を見つめていた智也は、颯太の声が何故か明るいことに違和感を覚えて疑問を返した。  キラキラとした目に凝視されて今しがた交わされた会話を反芻する。  そして気付いた誤謬に声を上げる間もなく、颯太の声が再度それを形にした。 「恋人にはってことは、何になったの?! それともこれから恋人になるの?!」 「ち、ちがう! 誤解だ!」  とんだ揚げ足取りに智也は狼狽して思わず席を立ち上がった。  恋人にもなっていないし、なんなら友人かどうかも怪しい。正式には従兄弟で同居人であるが、颯太にそこまで詮索されたくはなかった。 「これには理由があって……」 「理由? 理由ってなんだよ?」 「それは……」  言い淀んだ言葉は、ふと目を向けた窓の外に見間違えようのない髪の毛が見えたことで完全にかき消えた。 「お! 《誰でもカレシ》が今日もやってんな〜」 《誰でもカレシ》  言わずもがな、環である。  窓から見える中庭のベンチで、環はどこかのクラスの女と弁当を食べていた。  その腕は女の肩に回っており、食事中にも関わらず、箸は膝の上。  お前は食事よりも女を優先するのか!  危うく窓を開けて叫びそうになって、思い止まる。  この二日間、智也の前でそういう素振りを見せなかっただけで、環は普段通り過ごしているだけなことに気が付いたからだ。 「そういえば、この前、隣のクラスの女と、その妹で修羅場になったらしいぜ」 「……へえ」 「でもアイツ的には、どっちとも付き合う気はなくて、結局体だけで終わらせたらしい。はーっモテる男は違うな〜」  聞いてもいないのに情報がもたらされて、智也は不快感を表に出した。  颯太や周りの男がいくら羨ましがろうと、智也にはちっとも羨ましいとは思えなかった。  単純に、不快。ただそれだけである。  智也からすれば、恋人であろうとそうでなかろうと、不特定多数と同時にそういう行為に臨むこと自体が不誠実であるし、潔癖の観点から言えば不潔と判断せざるを得ない。  智也に今まで恋人がいたことはないが、いたとしたらその人だけを愛し、そして愛されたいと思う。  恋人としてその先を求められれば応じる覚悟であるが、自らしたいと望むことはなかった。  故に、余計に智也は、環を理解することが出来ない。  しかし、教室での環は、智也の横に絶対に女を連れては来なかった。  家の中でも女の気配を感じたことはない。  上手に隠されていた恋人の浮気現場を見た心境である。  智也は何故自分がそんな感情を抱くのかわからずにひたすらモヤモヤとした。  帰宅したら環にいつも以上に手を洗ってもらおう。  智也は椅子に座り直すと、弁当の続きを食べ始めた。
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