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不可解な気持ちを抱えたまま帰宅して、いつものルーチンをこなした智也は、目の前の夕飯を挟んで環と正面から対峙した。
「ん? 智くんどうしたの?」
「環さ、……」
呼びかけたはいいものの言葉が続かない。
何と問うべきだ?
いや、何を問うべきだ?
「うーむ」
「変な智くん」
腕組みをして考え込んだ智也に、環が不思議そうな顔をして微笑む。
その笑顔を見た瞬間、ことりと智也の中に何かが落ちたような音がして、使えていた言葉は実にすんなりと智也の口を滑り出た。
「環は誰かと真剣に付き合う気はないのか?」
「へ?」
唐突な質問に環が口から唐揚げを落とした。
机に落ちたそれを拾ってやり布巾でテーブルを、ウェットティッシュで環の口を拭く。
「と、ともくん……?」
「はっ」
自然な動作でやってしまった行動に環が戸惑い、智也も戸惑う。
顔を赤くした環に居心地の悪い気になって、智也は誤魔化すように自分の前のテーブルを拭いた。
「……ありがとねえ」
「おう」
「……」
「……」
お礼を言われてお互い押し黙る。
智也は急に冷静になった。
そして、深い質問をする前に、お互いがお互いのことを何も知らないことに気が付いた。
思えば、自分がこの気持ちを抱いたのは、颯太が環のことを語り出してからだ。
颯太の方が環を知っているような口ぶりに、モヤモヤしたのかもしれない。
智也はそう結論付けて、質問を変えた。
「環はその、父さんや母さんたちとどんな風に過ごしてたんだ?」
「優二(ゆうじ)さんと聡子さんと? うーん……」
父優二と母聡子は、環を引き取ってから一年もの間その存在を智也に秘匿していた。
その理由が知りたかった。
「お母さんが死んで、しばらくしてから聡子さんが俺のとこにやってきてねえ……で、一緒に住もうって誘ってくれたんだ〜」
環は懐かしむように目を細めて、嬉しそうに頬を緩めた。
「智くんは一人暮らししてるし、寂しいから来ませんかって。……俺も寂しかったし……」
寂しかった。
ただ一人の肉親を失った環の心情を想像して切なさが募る。
叔母にあたる母の妹は、長年行方不明だったと聞いた。そんな中で見つけた甥に声をかけて、一緒に住もうと言った両親も寂しかったのだろうか。
一人暮らしする、と言ったときに、暖かく送り出してくれた両親を思い出して、智也はむずむずとした。
「あっ、智くんもしかして俺が途中入学なのも知らなかった?」
「……そう言えば、去年の夏くらいに転校生だとかで隣のクラスが湧いてたな」
思えば環の噂を聞き始めたのもその辺りからかも知らない。
「そうそう、夏にここに来てねえ〜。智くんの家から学校に通ってたよ。二人とも優しくしてくれてね。聡子さんもあんまり料理得意じゃないでしょ? だから二人が家にいる時は、俺が料理作って、三人で食べてたなあ」
「家にいるとき? いないときは?」
「んー……誰かの家に遊びに行ってることが多かったかなあ」
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