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環との心の距離が近づいたあの日から、智也は日々注意して環の様子を見るようになった。
教室では隣の席であるにも関わらず、相変わらず最低限の会話しか交わしていないが、帰宅後はたわいもない会話で交流を繰り返している。
環を一方的に敵視していたあの頃から比べれば格段の進歩だ。一人知れず二人は距離を詰めていた。
休み時間になると教室を出てしまう環の交友関係を智也は詳しく知らないが、そこは友人からの情報が補完している。
「今日はC組のマドンナか〜」
終業後に環を迎えに来た女子生徒を見て、智也の前の席を陣取った颯太が感心したように頷いた。
環は扉の前に招かれて、そのまま教室を出て行く。
「そのうち彼女出来ても、みんなアイツのお下がりになりそう」
愉快そうな顔をする颯太に、智也はぐっと眉を寄せた。
「そういう言い方はするな。女性にも失礼だろう」
「智也って処女厨ぽいのに、そういうのは平気なんだ」
「しょ……っ」
「みんな穴兄弟なんて逆に感慨深いな〜」
「教室で何ていう話題を出しているんだお前は……っ」
愛した人であれば過去の遍歴は気にしない主義の智也であるが、颯太の言葉には目に見えて不快を返した。
「だってさ、すごくない? 毎日違う相手だよ? もうこの学園アイツのハーレムじゃん。考えなしに手を出すからよく修羅場にもなってるし」
「……環にも、考えはあるだろう」
智也は、環が女性関係を繰り返す理由を寂しさからだと結論付けていた。
そして、いつしか。密やかに。
その寂しさを自分たち家族が埋めてあげたいと。
智也は自分の心境の変化に驚いていた。
「……いつの間にアイツのこと名前で呼ぶくらい仲良くなってるの? もしかして智也アイツと寝た?」
「そんなわけあるか!」
うっかり出てしまった名前呼びには言及せず、颯太の言葉に言い返す。
これは家族愛に似た感情だ。もしかしたら同情ともいうかも知れない。
しかし、いくら環に対する感情が変化したからと言って、自分の潔癖が治ったわけではなかった。
環と、寝る、など。
環の上にのしかかり、その四肢を押さえ。
目元の黒子を舌で舐り。
はしたなく赤い舌を覗かせる環の唇に吸い付いたら。
環は、どんな顔を見せるだろうか。
智也は自らの脳内で想像した一連の行為を追い出すために、一度大きく頭を振った。
今、何を考えた。
従兄弟を、男を、環を、組み敷くなどと。
智也の挙動不審を横目に見て、颯太はへえ、とどうとでも取れる相槌を返した。
「智也にも手を出してるかと思ったけど、違うんだ」
「……なんでそうなる。俺もた……アイツも男だ」
アイツ、と言い直して、智也は気を逸らすように机の中の教科書を鞄に詰めた。
「だって、《誰でもカレシ》だから。智也ってそういう話題になると弱いよな」
意味深なため息を吐く颯太を無理やり無視して、智也はこの話題を強制的に終わらせた。
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