風船に乗る思い

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私は「風船」を配るアルバイトをしています。と言っても、あと1週間でこの仕事を辞めてしまいますが。色とりどりの風船をスーパーの入口で配ります。この仕事をはじめたのは4年前、大学一年生の時でした。風船にはスーパーの名前が書いてあるだけですが、子供たちがいい宣伝を打ってくれるのです。私は「風船」が好きだったので、ピッタリの仕事に就けました。 このスーパーに、そしてこの風船配り場に、いつも来てくれる人が居ます。ほとんどの大人はスルーして歩いてゆくので、大人に手渡すことはほとんどありません。その人だけは、何度も、立ち寄ってくれています。あまり自分のことを話さないけれど、たくさん来てくれる。不思議な人です。 意思を持たない「風船」。1824年頃に作られたそうです。部屋を飾るものとして、人に送るプレゼントとして、形をつくるアートとして、歴史が続き、気球や飛行船の発展にも深く関わってきました。ふわふわと可愛くて、人に笑顔を運ぶことが出来るものです。 こうやって取り留めもなく、物事を考えることが好きな私は、風船を配りながら、大学のこと、彼女のこと、天気のこと、未来のこと、たくさん考えました。 -白-ある日、学校の帰りがはやい日がありました。子供たちの表情はとりどりです。にこにこ顔の子もいれば、涙のあとを残しながらモンモンとしている子もいます。風船をチラつかせて元気付けようとしていますが…思いは伝わるかな。 夕暮れどきになりました。空の色には、いつも心を奪われます。ピンクと水色のちょうど間…濃いオレンジが席巻する空…捉え方は様々です。目に映る色がいつも違って、とても綺麗です。 -虹色-珍しい色の風船が渡されました。なぜこの風船の色になったのかは教えて貰えなかったのですが、スーパーのスタッフさんも珍しい色の風船を前に、楽しそうでした。そしてまた子供たちの元気な声が聞けました。 -赤-自分が渡したもので誰かが笑顔になるって素敵なことです。この日は、赤い風船を手渡しました。クラスマッチがあったようで、子供たちはみんなホクホク顔で道を通り掛かりました。赤い風船も、その子達の熱気に嬉しそうに寄り添って帰っていきました。 さて、最終日がきてしまいました。大学も卒業し、この土地を離れるのももうすぐです。雲一つない空です。誰かを癒そうとか、新しい朝を伝えようとか、そんな「意思のない空」もあいからず好きです。今日は特に、心が映るような澄んだ空に見えます。 私は彼女のことを待っていました。最終日のことは伝えてあります。きっと来てくれるはずです。……ぼんやりとこれからのことを考えながら、下を向いていました。子供たちの姿を見ると涙が出てきそうです。笑い声、さよならの挨拶。これまで聴いていた人達の声は、心に沁みるものです。ふと、顔をあげました。目の前にいつもの姿が現れています。 夢が叶う時、目には、どんな景色が映るのか興味がありました。これからの未来が開くように「無事に大学を卒業すること」。夢が叶った時、私の目には、色とりどりの風船が映るのだと知りました。 わたしは 最後の風船を彼女に渡すべく、 紐を持ち直しました。
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