ポップコーンはありません

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 先輩に彼女がいたなんて知らなかった。だってあんなに優しくしてくれて、仕事をミスした時には頭だって撫でてくれた。そんなの、彼女がいる人がやる?やらない、絶対やらない。だとすると先輩は、彼女がいたのにも関わらずこんな入社3ヶ月目の新人にまで手を出そうと、ホテルに誘ってきたクソ野郎ってことになる。そうか、なるほど。クソ野郎ね。うん、そうか。なんだあたし悪くないじゃん。  自分を守ることに必死なあたしは、何かあると駆け込むいつもの居酒屋「ケン」へと飲まれるように入っていった。 「ねえー聞いてよ」  こっちは本命の好きな人、店長。クソ野郎に比べたらマシかもしれないけどあたしだって最低だ。好きな人がいるのに、ちょっとイケメンで仕事ができる先輩にホイホイ着いていこうとしてた。年収、顔、優しさ。うん、オッケーオッケー。なんならスーツかっこい〜とかまで思ってた。  そんな感じで先輩に連れてこられたホテルも中へ入るのをあたしはすんなりと了承していた。まあ結局、そこには先輩の彼女さんが仁王立ちのまま凄い顔をして立ってて、あたしまでしこたま怒られたのだけど。本っ当に、いま思い出しても腹が立つ。あたしだって被害者ですけど?しかも彼女さんはあたしの上司にあたる人。最悪。オフィスラブ、絡まりすぎ。というか、え?彼女のいる会社であたしの頭撫でてたの?信じらんない。 「なに、なんかあったん〜?またそんな顔して」  低めのビブラート、心を撫でる声、笑う目尻に寄る皺、大好き。料理を作る角張った手、綺麗に切られた丸爪、好き。首を傾げてあたしと目を合わせるその仕草、大好き。 「んー、なんか、会社の先輩で言い寄ってきた人が居たんだけど、その人に彼女がいてさー?んでなんかあたしまでその彼女さんにこっぴどく怒られたんだよねーしかもその彼女さんあたしの上司なの」 「あはは、ドンマイだ。でも舞ちゃん悪くないもんねぇ、それ。ほらこっちはサービスね」  目の前に出されたお通しの煮物とキンキンのビール。そしてコロンと転がるこれは…チョコレート? 「これね、ホワイトチョコなんだ。どうせあとでウイスキーも飲むでしょ?その時に一緒に食べてもいいし、今食べちゃってもいいよ。確か舞ちゃん好きだったなーって思って買っておいたんだよね、ちょっとイイやつ。ほら、いつもお疲れだからさ。舞ちゃんにだけだよ」
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