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「よくこんな外道なこと、いけしゃあしゃあとできんなあ……?人の心っつーもんがねえんだなあオイ」
棚上げ名人。俺はこの時、濱口のあだ名をそう改名しようと神に誓った。
野球選手のバッターのように構えた濱口は、何度か素振りをしていた。
「おめえらの頭なんかよ、ここに当たりゃあ、ぽーんだぜ。幸いなことに天は高えしよお、何段目の足場まで届くかやらせろよ」
ブンッブンッと空気を打って、ニヤリと笑う。
「合体でもなんでも来いやあ。最期にもっかい気持ちわりいキスでもしとけ。もうできねえかもしれねえから」
ああ、またこいつは聞き捨てならない言葉を発してしまった。
双眸からハートマークを外し視界を整えた俺は、海へ聞く。
「海、どうするー?またこいつ、ポセイドォンしちゃうー?」
海は俺の数メートルほど前。濱口はそれのさらに先。海の背中越しに、朽ちたふたりとウォームアップ中の濱口が見える。
「海どするー?ジンじわチョップするなら肩車しなきゃだけど、するかー?」
俺が違和感を覚えたのは、返事をしない海の後ろ姿が、10センチほどガクッと下へ沈んだように見えたから。
「海……?」
靴の底を引きずって足を開き、体勢を維持しようと懸命に踏ん張っているけれど、それは産まれたての子鹿のように不安定で、彼の身体は今すぐ崩落してもおかしくない。
さっきの一撃が効いている、そう悟った。
「おい、海!しっかりしろよ!」
海の異変に気付いたのは俺だけではない。それはそれは嬉しそうに歯を見せた濱口は、素振りを止めて彼の元へ。
「はいはいご苦労さ〜ん。今楽にしてやっからなあー」
振り上がるバット。背を丸め、項垂れる海。
やばい。そう思うと同時に、俺には海の姿があるものに見えた。
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