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そして先輩は第一志望の大学に進学が決まった。桜が散る前に先輩は東京に旅立ってしまい、千景は高校に進学した。
「長期休暇や連休はなるべく帰るし、ラインも電話も沢山するから」
先輩はうんと優しく約束してくれた。
そしてその約束どおり毎日沢山連絡をくれた。1ヶ月経っても2ヶ月経っても、連絡が減ることはなかった。電話の向こうの先輩は変わらずとても優しかった。だが先輩は変わらずとも、電話越しに先輩を取り巻く環境が大きく変わってしまったのは伝わってくる。電話の向こうから聞こえてくる華やかな声。夜遅くなのに誰かと一緒にいることも。
先輩は大学に通いながら、友人と共に小さな規模ではあるものの起業するらしい。仕事のことや大学のこと友人関係について、何でも電話で話してくれた。だが、先輩が千景に心配かけないように詳細を話せば話すほど、とても遠いところに先輩がいるように感じた。
そして、先輩は沢山の連絡はしてくれたが、学業と仕事の両立はかなり大変なようで、連休に帰ってきてはくれなかった。それが一番千景には堪えてしまった 。
少しでいいから、先輩の顔が見たかった。匂いを感じたかった。触れたかった。先輩も電話で同じ気持ちだと言っていたけれど、もし本当に同じ気持ちだったら何を置いても来てくれるんじゃないかと疑心暗鬼に陥った。
今までも恋人同士であったのにどこか遠くに先輩を感じていたが、これほどまでに遠かったことはなかった。
千景が寂しさに毎晩のように枕を濡らしているとき、親の離婚が成立した。父親は相手の腹に既に子がいるようで、千景を引き取ろうとは微塵もしなかった。母親も再婚相手との新婚生活に高校生にもなる息子は不要なようで、仕方なく親権を持つといった体であった。母親と再婚相手はこの街より遠く離れたところで新婚生活を始めるという。其処は東京からさらに遠くなる場所だが着いて行くしか千景に選択肢はなかった。
自分の行き先が決まったとき、何度もうっすらと思い描いてきた先輩との別れが俄に現実味を帯び始めた。
別れるとしても、未練がましいと言われても最後にどうしても先輩の顔がひと目見たかった。その翌朝、居ても立ってもいられなくて、千景は少ない貯金を掻き集め、学校には向かわず東京に向かった。
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