先輩。

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 新幹線に乗る前にメッセージを入れてみたが、読まれないまま東京に着いてしまった。  このまま夜まで連絡つかなかったらどうしよう。会えたところで迷惑そうな顔をされたらどうしよう。不安な気持ちを抱えたまま、先輩の通う大学に向かう。  先輩の通う大学の正門に辿り着くと、出入りする学生達は誰もが千景より遥かに大人に見えた。華やかで眩しい色とりどりの人が楽しそうに目の前を通り過ぎて行く。  正門の向こうは異世界のようで、どうしても足を踏み入れることができず、ガードレールに寄りかかり大学に出入りする人々をぼんやりと眺めていた。だが、多くの人を目にするうちに、自分の格好があまりに子供っぽくてみすぼらしいように思えてきた。  ひどく場違いなところにいるようだった。ボロボロの服でお城の舞踏会に行ってしまったらこんな気持ちになるのだろうか。  もう帰ろう。  そう思って大学の最寄り駅に引き返そうと正門にくるりと背を向けたそのときだった。 「チカ?」   電話の向こうで耳が蕩けるほどに何度も囁かれた先輩だけの千景の愛称が聞こえた。  あまりに恋しくて幻聴が聞こえたのかと思った。振り向けないでいると、肩を優しく叩かれた。  恐る恐る振り返ると、嬉しそうに笑う先輩がそこにいた。 「やっぱりチカだ。見間違えるわけないとは思ったんだけど。すごい嬉しい。 僕に会いに来てくれたんだよね?」  先輩の言葉も笑顔もいつもどおりだった。でも、記憶の中と何処かが違う。先輩は元々とても大人っぽい人であったけれど、制服を脱いだらもう完全な大人であった。 特にカラーリングをしたわけでもないし、厳しい校則の下隠していたがピアスホールは元々空いていたのも知っている。髪型も服装も特に大きく変わったところはないのに。  何か言わなければと千景が口を開こうとしたとき。 「あれ? もしかして白河君の弟?」  先輩は沢山の友人と共に居たらしい。すらりとして雑誌から抜け出てきたような男が千景に尋ねた。 「え? 弟くんなの?  白河君と似てないね」 「ほんとだー、弟くん超真面目そう」  面白がった友人達にあっという間に取り囲まれた。雑誌から出てきたような人間の中で、自分はひどく子供で惨めに見えた。 「弟じゃないよ、彼は僕のこ……」 「白河先輩の高校の後輩なんですっ」  先輩がとんでもないことを言いそうになったので、慌てて千景は遮った。  千景なんかと恋人だなんてこんなお洒落な人達にバレたら先輩が恥をかいてしまう、咄嗟にそう思って大きな声を出してしまった。  大人しそうな千景が大きな声を出したことにその場にいた皆一様に驚いたように見えたが 「だよねー、似てないと思った」 と、どっと笑った。 「チカ、ごめん。今日授業はもうないんだけど、この後仕事があって。僕の部屋で待っててもらってもいい?」  そう言って先輩は鍵を取り出すと千景に握らせた。  周囲の視線がその鍵に一心に注がれて、 千景の居心地の悪さは更に増した。どこでもいいから早くこの視線から逃れたかった。 「東京一人で来るの初めてだよね? 迷うといけないからタクシー拾ってくるからちょっと待っててね」  先輩はそう言うと人の輪から少し外れてタクシーを拾うべく道路側に出た。千景が住所を教えてもらえればタクシーは拾わなくてていいと声を掛けようとしたときだった。 「ねぇ」  千景の肩に手が掛かった。 「真紘は今夜は私と約束してるの。お部屋で待ってても真紘が帰ってこなかったらごめんなさいね」  振り返った千景の前には見たことないほどに美しい女が居て、千景に艶然と嗤った。 「……っ」 「チカ、タクシー捕まえたから乗って……ってミオ何かチカに言った?」  千景が何か言葉にする前にひらりと先輩が舞い戻った。 「東京は危ないから気を付けて、と アドバイスさせてもらったの。じゃあね。バイバイ、チカちゃん」  おとぎ話の林檎のように鮮やかな彩を纏った指先を、ミオと呼ばれた女はひらひらと蝶のように振った。
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