普通の殺人

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普通の殺人

 とある大富豪の屋敷で、殺人事件が起きた。  殺されたのは屋敷の主人。胸をナイフで一突きされ、さらに体の至る所に、針のようなものが無数に刺さっている。目をカッと見開いたまま絶命している被害者は、見るものを慄かせた。駆けつけた親族はもちろん、警察ですら思わず目を逸らすほどだった。 「おかしい……」  ベテラン警部の斎藤は頭を抱えた。何がおかしいのか。これほど異常な殺され方をしているのに、犯人の尻尾が全く掴めない。  現場には証拠らしい証拠もないし、金目のものも取られていない。遺産を狙った親族の犯行かと思われたが、あいにく彼らにはアリバイがあった。被害者は50半ばで隠居生活をしており、山奥の屋敷に1人篭ってひっそりと暮らしていたのだ。屋敷にたどり着くまでに、どう頑張っても車で一時間弱はかかる。その間、県外にいた彼らに犯行は不可能だった。  単なる異常者か? それとも内縁の犯行か?   第一発見者が怪しい、いや彼奴が、此奴が怪しい……などと様々な意見が捜査本部でも飛び交ったが、一向に結論が出る気配はなかった。  しかし数日経ったある日、事態は急展開を迎えた。  何と犯人を名乗る男が、自首してきたのだ。  犯人は事件当日郵便配達をしていた、若い男だった。  彼は被害者に郵便物を届けたついでに、犯行に及んだ。犯人と被害者は今まで面識がなく、会ったのもそれが初めてだったという。 「それにしても……」  犯人が無事捕まり、ホッとした斎藤だが、しかしその頭の片隅にはまだ疑問が残っている。 「謎だらけだ。一体何のために殺したんだ?」  金目当てでもない。怨嗟でもない。当日、受け取りの際に何か口論でもあったのか。しかし取り調べをしても、はっきりとした動機は分からなかった。衝動的な犯行にしては、あまりに手の込んだ殺し方だが……。 「やはり犯人は、異常者だったんだ」  斎藤たちはそう結論づけた。すると、 「やだなあ先輩。こんなの謎でも何でもないですよ」  その様子を見ながら、若い刑事は笑って首を振った。 「何の理由もないのに知らない人を殺す。誰かが傷ついているのを見るのが愉しい。地位のある人が、落ちぶれていくのが面白い。最近じゃ、こんな人少なくないじゃないですか。全然異常じゃありません、いたって普通のことです」
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