うちへ帰ろう

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*** 「先生! 横井さん、目を覚ましました!」  真っ白な天井。重なる人の声。  何かのセンサーの規則的な電子音。 「(ゆたか)⋯⋯良かった」  俺を乗せた飛行機は、日本付近の太平洋上空850メートルで悪天候によりエンジントラブルを起こして不時着水をした。だが幸いなことに、その近くを日本の貨物船が通っていたおかげで、乗客乗員全153人が無事に救出されたらしい。 ――「らしい」というのも、俺はたぶん着水の衝撃で気を失い、気付いたときには運ばれた病院のベッドの上だった。  飛行機の搭乗記録から名前が判明し、スマートフォンの発信履歴から彼女に連絡が行った。  手に感じる温もりは、彼女、祥子(しょうこ)の手だった。「赤ちゃんができたの」と顔をくしゃくしゃにさせて泣いていた。  俺は関西国際空港には行っていなかった。  それならあの5人はどうなったのだろう。  そもそも、存在していたのか――。 「あの⋯⋯建築士の横井さんですよね。私のこと、分かりますか」  隣のベッドから聴こえるその声は、あのグレースーツの銀行員だった。 「もちろんです。ということは」 「他の方もみんなこの病院に」 「そうですか⋯⋯本当に良かった」 「いい寿司屋ができるといいですね」 「⋯⋯ええ。きっとできますよ」  それぞれが「おかえり」と迎えてくれる人の元へ帰ることになった。  俺も帰ろう。  「ただいま」と言える場所へ。  
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