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ジェイクが自分の命令を無視して飛び出していった。サムはほぞを噛んだが、済んでしまったことは仕方がない。上階は彼に任せよう。発砲音がした場所に爆弾があるとは限らない。それにあと数分もすれば他の刑事たちや爆発物処理班も到着するだろう。
サムは地下一階、二階と下階を調べたが、爆発物らしきものは見つからなかった。
――ビリーの狙いは何なんだ?
一度に四か所もの同時爆破予告。捜査官が分散され、指揮系統も不安定になる。頼みの綱であったこの立体駐車場も、今のところ収穫無し。
「……ジェイク」
上階のジェイクは無事なのだろうか。漠然とした焦燥感がサムを襲う。右手に拳銃、左手に無線を手に、サムは来た道を引き返し、上階へと駆けあがっていく。
「ジェイク。僕だ。応答しろ」
耳障りなノイズが伝わり、サムをよりいっそう不安にさせる。
「ジェイク、頼む。応答してくれ……っ」
再びノイズ音。それからガサガサと何かを探るような不快音。続いて聞こえた声はサムを地獄に突き落とした。
「久しぶりだな、サミュエル」
「……ビル」
予感は的中した。ビルはサムの弱点を熟知していたのだ。
「もう昔のように〝ビリー〟と呼んでくれないのかい?」
「ジェイクは無事なのか?」
「今のところはな。君が妙な真似をしなければ、すぐに死ぬことはない」
「目的は僕への復讐だろう? ジェイクは関係ない。そもそもこれほどまで世間を賑わす必要もなかった。ビル。直接僕に手出しをしないのはなぜなんだ?」
「会話を長引かせて応援が来るのを待つ作戦かい? まあ、銃撃音が轟いてしまった以上、警察が来るのも時間の問題だろうが。誓って言うが、僕はジェイクを撃っていない」
「どうだか……」
ビルの言う通りだ。応援部隊を待ちながら、自分自身は気配を殺してジェイクたちがいるであろうフロアを探す。
「サミュエル、君に警告だ。君が今どのフロアに潜んでいるのかは知らないが、あまり僕らに近づきすぎるなよ。理由は説明しなくともわかるよな。加えて、朗報も渡そう。君は、一連の爆弾事件を僕ひとりの犯行だと考えているようだが、それは誤解だ。僕は計画を練るだけで現場には赴かない。今回を除いて。実行役の男がいる。喜べ、サミュエル。その男もこの場にいる。彼を逮捕すれば、君の評価はまた上がるだろう。警部への復帰も近いんじゃないのかい?」
「あいにく今の僕は昇進に興味がない。ジェイクが無事だという証拠がほしい」
「写真を送ろうにも、僕は君のアドレスを知らない」
「っ、どうしてジェイクなんだ!」
飄々と話すビルの声がサムを刑事からひとりの男にさせる。相棒だから、部下だからといった肩書よりも、ジェイク自身の存在が何よりも大切なのだ。
「サミュエル。よく考えてみろ。君も僕と同じ立場だったら、仇敵よりも先に相手の大切な人を傷つけたいと思うだろう?」
「……どうしてそれを」
「君と決別するまで何年一緒にいたと思っているんだ。いつだったか……ああ、一年ほど前か。ゲイの白人男性ばかりが狙われて惨殺された事件があっただろう。それを解決へ導いたのが君たちだと聞いている。ふたりでメディアに取り上げられていたよな」
「ああ、そうだ。しかし今回のこととは関係ないだろう?」
「あからさまなんだよ。君の言動は。君たちだけじゃなくて、僕のような人間でもすぐにわかる。相棒との距離感はほどほどにしろよ。まだパートナーになったわけじゃないだろう?」
「下世話な話はこれくらいにしないかい?」
ビルはすべてを見抜いている。自分がジェイクを一方的に愛していることを。ジェイクへの想いがこれまでの相手と違っていることを、彼に初めて会ったときからサムは自覚していた。
メディアに出たとき、せいぜい肩を組んだくらいのボディタッチだったが、勘の良いビルは気づいたのだろう。ジェイクが大切な存在だとビルに教えたのも同然だった。だからこそ、自分が許せない。
「ビル。君からの朗報を活かして実行犯の男を逮捕する。しかし僕は君も逮捕する。当然のことだろう?」
「相棒くんの身に何か起きてもいいのかい?」
「彼だって刑事だ。犯罪者を逮捕するためならば、自らの命をもいとわないだろう」
「……そろそろ時間か」
「何だと?」
「サミュエル。君は今、何階にいるんだ? 嘘を吐くなよ。わかっているだろう?」
「……三階だ」
「そうか。僕たちは五階にいる。三階の北側へ向かえ。少し身を乗り出して上を見れば、僕たちの姿を確認できる」
ビルの指示は拒めない。サムは彼の言う通りにした。吹き抜ける風はいつもよりもおとなしい。サムは手すりに身を預け、上階を見上げる。五階にいるビルと目線が合う。彼は不敵に笑った。
「やあ、サミュエル。直接顔を見合わせるのは三年ぶりだな」
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