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日差しが邪魔をして明確に顔を確認できないが、無線から聞こえるその声は、やはりビルのものだ。
「そのまま動くなよ。少しでも君の相棒を生かしたいと願うなら」
ビルは一度姿を消し、再び現れた。正確にはビルだけではない。
「……ジェイク?」
あろうことかビルはジェイクを手すりに腰かけさせ、無線を持つ手とは反対の手で拳銃を握っていた。ジェイクはピクリとも動かない。自分が勝手に動けばジェイクは即突き落とされるだろう。
五階からだ。助かる見こみはない。
無線からビルの好奇に満ちた声が聞こえる。
「惜しい身体だ。顔立ちも整っている。正直、僕もタイプだ。彼を亡くすのは惜しい」
「よせっ」
「アリソンは僕の目の前で自らの頭を撃ち抜いた。愛する人を目の前で失う悲しみを君も味わうがいい」
「やめろビルっ!」
サムは叫んだ。しかし同時に上階から発砲音と共に何かが落ちてくる。数秒後、何かが地面に叩きつけられ、ぐちゃぐちゃになったものは赤い血をまき散らし、ピクリとも動かない。
「ジェイクっ――!」
ジェイクの周りに野次馬連中が集まってくる。みな携帯で写真や動画を撮るばかりで、だれひとりとして通報している者はいない。
「こちらウィリアムズ警部補。救急隊を至急現場へ。連続爆弾魔のビル・スコットが現場に潜伏中。二ブロック先まで封鎖しろ。絶対にやつを逃がすな」
捜査員に指示を出しながら、サムは階段を駆け下りる。あの状況下で助からないことは子供でもわかる。それでも、わずかな可能性にもすがりたかった。
救急隊が到着し、ジェイクの容態を看たが、彼は即死だった。しかし鑑識のアレックス・ジャクソンが確認したところ状況は一変した。
「アレックスくん、彼はジェイクじゃないよ」
アレックスから死体の確認を求められたサムは断言した。よく似た背格好の男に、ジェイクのジャケットが羽織らされているだけのお粗末な偽装だ。
「顔の損傷が激しいが僕にはわかる。疑うなら指紋を――おっと、焼かれているな。実に巧妙だ。多少時間を要するが歯型を照合しろ。カーター巡査部長のものと一致しないだろうが」
「あなたを信じますよ、警部補。それにしても彼は何者なのでしょうかね。前があれば身元の特定は容易なんですが……」
「アレックスくん。これはオフレコだけど、僕はついさっきまでビルと話していた」
「爆弾魔とですか?」
「ああ。僕のせいでジェイクを人質に取られた。生死は定かではないが、生きていてほしいと願うのは僕個人の感情なんだろうか。だがあいつは容赦のない男でね。僕に復讐するためならなんだってやるさ。現にひとりの男が身代わりとして殺された。ビルは自分とは別に実行犯の男がいると匂わせた。彼がそうなのかもしれないし、違うかもしれない。とにかくこの死体の身元がわかれば手がかりになるだろう。手がかりになればジェイクの――」
「お言葉ですが」
サムの熱弁は自分よりも一回り以上も年下の若者の、冷静な一言に遮られた。
「あなたの気持ちは理解できます、ウィリアムズ警部補。だが指揮官はあなただ。あなたはこの事件に関わっている全員のうちの、誰よりも冷静でいなければならない。俺の言いたいこと、伝わりますよね」
「……言ってくれるね、君も」
アレックスの言うとおりだ。思えば初めから――ビルが関わっていると知った時から、サムは自分でも常軌を逸していると思っていた。
だがこれはあくまでも自分とビルとの問題で、周りの人間を巻きこみたくなかった。
特にジェイクだけは。
結果は最悪の形でサムに降りかかった。
「この一件で、おそらく僕は指揮官から外されるだろうね。身元の特定は君に任せたよ、アレックスくん」
「口元がにやけていることも、当然オフレコですね」
「君も僕のことわかってきたじゃないか」
独りのほうが気楽に動ける。誰もがこれからの行いを暴走というだろう。だがサムは、ジェイクを取り戻すためならば、バッジどころか命すら捨てても構わなかった。
マイルズ・ロビンソン警部のオフィスから出たサムを迎えたのはケビン・モリタ巡査だった。モリタは警部のオフィスにサムが呼ばれた理由を知っている。今にも泣きそうなその顔は、まるで迷子の子犬を思わせる。
「そんな顔するなよ、モリタ巡査」
「……ウィリアムズ警部補」
「お察しの通り、僕は指揮官どころか捜査から外された。僕の後任は知らないけど、きっとまともな人が務めるはずだ。爆弾魔とジェイクを頼むよ」
「単独でカーター巡査部長を捜すつもりですよね」
「はは、まいったなあ。アレックスくんから聞いたのかい?」
モリタとアレックスは部署こそ違うが十七分署で働くたったふたりの同期だ。それゆえ同期という枠を超えて親交が深い。昔のサムとビルのように。
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