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今日は春の陽気だ。私の格好も、思い切って春らしく、檸檬色のワンピースにベージュのトレンチコート。それに白のパンプスを合わせた。すぐ私に気づくだろうか。こんな格好で逢うのは初めてである。
――そりゃ、そうだ。いつも、今までは、制服だったから。
グレーのジャンバースカート、白シャツに赤いリボン。だが、三年かけて漸く着慣れたそれを、この春、私は脱ぎ捨てたばかりであった。
「よう」
人混みのなかから、唐突に聴き慣れた声がして私は我に返った。そこには、待ち合わせ相手の、金澤先生が立っていた。いや、もう、先生ではない。なら、どう呼べば良いのか。流石に下の名前で呼ぶ度胸は、ない。仕方なく私はいつものようにこう言った。
「先生、遅かったですね。十五分過ぎてますよ」
「いやすまん、少し前には着いていたんだ。けど、その今日の怜奈の格好じゃ、すぐ分からなくてな」
怜奈、と、さらっと、私は下の名前を呼ばれ、思わず先生の顔を見た。相変わらずの無精髭に、銀縁眼鏡。その表情は、どこか苦笑い気味。格好といえば、白のシャツに茶のジャケットとチノパンといった軽装だ。流石に今日は白衣は着ていない。当たり前だけど。
――だって、もうここは、高校ではないのだから。
そして、私たちも、もう、教師と生徒ではない。
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