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3 思わぬ恋の成就
修学旅行から帰ってから、私は、ことある毎に金澤先生の居る理科準備室を訪れた。授業の内容が分からない、理科室に忘れ物をしたと、なにかと用を作っては、足繁く金澤先生の元を訪れた。すべては私の恋心が成す行動であった。
――こんな恋、叶う筈がない。
そう思いつつも、その横顔を見に行かずには心が落ち着かなかった。白衣の似合うごつり、とした細い骨格に、無精髭の目立つ顎。私の質問にノートを覗き込む分厚い銀縁眼鏡。それを見るだけで、満足だった。
だが、そんな私のわかりやすい態度に、何が秘められているかなど、先生はとっくにお見通しだったのだろう。今から思えば。
高3になり、受験生となってからも、模試の問題が分からないとか、なんやらと理由を付けては、先生に教えを請いに行った。
そして、冬休みの補習授業のときだった。授業の終わり、先生はさりげなく、私の傍に来て、私の耳元で囁いた。吐息が触れる距離で、私ひとりにしか聞こえぬ声音で。
「松永、悪いが、ちょっと資料の整理を手伝って欲しいんだが」
胸がドキリとした。予感があった。
準備室で資料をふたりきりで整理し、その終わり、どちらかとなく、赤らんだ顔と顔が近づいた。先生の白衣と、私の制服の布地が、かさり、と触れあった。
外からは木枯らしが唸る音が聞こえてくる。
「なあ、松永。お前……好きな人居るか?」
「……居ますっ……」
「……目の前にかい?」
私は頷く。
そして私たちは、十数秒の躊躇いの後、唇を重ねた。先生の無精髭がざらり、ざらり、と私の頬を刺す。
雪の中で、恋に落ちてから、ちょうど一年が経っていた。
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