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第47話 宿屋をねらう賊
ラティオの案内で階段をおり、裏口からでる。野路裏をぬうように走った。
「ラティオ殿、ほかの四人は?」
「さてな、おれはヒューにしか会えてねえ。あいつ、おれの部屋の窓にひょっこりあらわれやがった」
アトの泊まっている宿もヒューが探してくれたようだ。その宿は建物が密集した地域ではなく、北門に近い一軒家だった。二階建てのそまつな宿屋だ。
「ここにアトが?」
「おう。賊に襲ってくださいと言わんばかりの立地だろう」
ラティオの言うとおりだ。周囲に気をつけて進み、宿の入口にあたる木戸をたたいた。返事がない。ラティオと目で合図をかわし剣をぬく。
なかに入ると、だれもいなかった。ラティオが入口からのびる廊下をすすみ、階段に指をさす。アトがいる部屋を知っているようだ。
自分もつづいて階段をのぼろうとしたとき、入口の戸がたたかれた。
「アト殿を連れてきてくれ。ここは自分が」
ラティオはうなずいて階段を登った。
荷物をおろし、剣をかまえる。
「入ってこい」
戸がゆっくり動いた。黒装束の五人だった。用意は万全なようで、口もとは黒い布で隠している。
「この歩兵隊長グラヌスが相手になろう。死にたければこい」
名乗った。相手の反応はない。そこそこに自分の名は知れていると思っていたが、まだまだのようだ。
最初の男が突っかかってきた。それでわかった。この者らは経験が浅い。五人もいるのだ。せまい廊下では取り囲めないだろうに。
胸の高さで剣を水平にかまえた。相手の胸を突く。剣をぬきながら押すように腹を前蹴りした。うしろにいた者とぶつかる。うしろの右手、剣の持ち手をねらい斬る。
腕を斬られた男は絶叫をあげ、前屈みになった。その首に剣をおろす。
ふたりが床に崩れた。
「おう、待たせたな!」
木板を踏む音を立ててラティオが階段をおりてきた。大きな音はわざとだろう。
「相手は子供ひとりではないのか!」
黒い布で口をかくした男が、こもった声で言った。
「自分はコリンディアの第三歩兵師団。その第五隊長だ。心してまいれ」
じりじりと黒装束の三人があとじさった。
ちかごろ命をねらわれる機会が多い。思えば、アトはこれを暗闇の河原で撃退したのだ。そのときの心細さを思うと、胸が締めつけられる。いまは自分が守る番だ。
「悪いが容赦はせぬぞ」
剣をにぎりなおした。
「ひ、退くぞ」
黒装束の三人はゆっくり後退し、戸口からでると駆けだす音が聞こえた。
「さすがだねぇ」
「いや、まだまだ」
男に生まれて軍人となるのだ。世に名を馳せようと思っていた。だが、それはコリンディアの街がせいぜいだった。今回の旅でそれがわかった。いや、それも今日までか。自分は国を捨てるのだ。
「グラヌス」
階段にアトの姿が見える。よかった、無事だった。アトも自分と合流すれば安堵の顔を見せると思ったが、なぜか悲痛な顔だ。
「よし、いくぞ」
ラティオが最初に胸を刺した男をまたいで戸口にむかった。
ラティオのあとについて路地裏を走る。
むかっている方向は東門だ。てっきり西門だと思っていた。ヒックイトの里があるアグン山をめざすなら渡し船に乗らなくてはならない。ならば港のある西門だ。
「港ではないのか?」
走りながら問うてみた。
「船頭から逃げた方向がばれる。ヒューに馬を手に入れて東門にと頼んだ」
なるほど、いちりある。
東門をくぐると、暗がりからでてきた男に剣をぬきそうになったが、その巨漢な影におぼえがあった。
「ドーリク!」
副隊長は笑みを浮かべて近よってきた。ここまで姿を見なかった。野営地に合流していると思っていた。聞けば、遅れて戦場につき、崖の上からのぞいていたらしい。そのあとは、バラールにむかう自分たちをつけたようだ。
「軍にもどれ、ドーリク。巻きこむつもりはない」
「それはできませんな。田舎の村からでてきたふたりを拾ってもらった恩、忘れちゃいません」
ドーリクにうながされ、暗がりを進む。さきほど、ドーリクはふたりと言った。いやな予感がする
「お待ちしておりました、隊長」
馬の綱をまとめて持っていたのはイーリクだった。たしかに、ふたりを軍に拾いあげたのは自分だ。だが、ここまで付きそう必要はない。
「イーリク、おまえまで!」
ふたりを叱責しようとしたとき、アトが近よってきた。
「三人はもどってください」
そうか、あの悲痛な顔は、このグラヌスを巻きこんだことに対してか。
「まだ、なにひとつ、恩は返しておらぬ」
アトの肩をそっとたたいた。
「そう、恩は返さねえと寝ざめが悪いですからね」
ドーリクが、さもありなんと馬に乗った。おまえには言っていない。
「急ぐぞ、ちまちましてると追っ手がくる」
ラティオの注意はもっともだ。口論しているひまはない。馬に乗り、アトを探したが、少年はすでにひとりで馬に乗っていた。子供の成長は早い!
先頭をラティオが走る。馬を飛ばして追いついた。
「ラティオ殿! めざすはどこだ」
馬は東へと進んでいる。このままいけばウブラの領地に深く入りこむ。
「離れた岸辺に手こぎ舟を隠してある。追っ手がなければ、それを使う。追っ手がくれば、このまま馬で逃げる」
なるほど、用意がいい。どこぞの犬は待機を命じられ、ただただ一日中部屋にいただけだ。
うしろをふり返った。アトはついてきている。それにドーリク。
「なにっ、イーリクはどうした!」
思わずさけんだ言葉に、みながふり返った。イーリクがいない。
「やつはいいんです隊長! 街に祖母がいるんで」
最後尾を走るドーリクが答えた。そうか、イーリクは両親がおらず田舎から祖母をコリンディアの街に呼んでいた。祖母はかなりの高齢で、体も弱っている。祖母を残して国をでることはできないか。
「だめだ!」
アトがさけんで馬首をひるがえした!
「あの馬鹿!」
ラティオも馬を返す。自分も手綱をひき、馬をまわした。
「イーリク!」
アトがさけびながら馬を飛ばす。予想以上に速い! 体が軽いからか、こちらも全力で追いかけるが、差はひらいていく一方だ。
「アト殿!」
大声で呼んだが、アトはふり返りもしない。もう一度、手綱を強くたたき、もっと走るようにせき立てた。
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