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世界一伸びる猫
最初にその猫を見つけたのは、小さな男の子と女の子の兄妹だった。
場所は公園。
愛らしい白猫を見つけた2人は、我先にと駆け寄ってその身をぎゅっと掴んだ。
「オレが先に見つけたんだい!」
「違うよ、あたしだよぉ!!」
兄は猫の上半身を、妹はお尻を両手でぎゅっと握りしめながら言い争いが始まった。
「離せ離せ! このネコはオレのだい!」
「違うよ、あたしのだよぉ!!」
首輪をしておらず誰のモノでも無い野良猫を奪い合う兄妹。
あまりの可愛さに魅了され、意地の張り合いがどんどん加速していく。
「オレのネコなんだから、オレんちに持って帰るぞ!」
「違うよ、あたしのニャンコなんだから、あたしんちに持って帰るもん!」
同じ家に住む兄妹。
ある意味、意見は合致しているのにも関わらず、ネコの体を掴んだまま兄は公園北側の出口、妹は南側の出口へと歩き始めた。
当然、自らの体を引っ張られた猫は痛がって暴れ出す……かと思いきや、涼しい顔でじっとしていた。
となると、いよいよ悲劇の始まりか。
子供の力とは言え、無理矢理逆方向に引っ張られた体は無残にも……と思いきや。
「の、伸びとる……!」
公園のベンチで一部始終を見ていた老人が呟いた。
……そう。
それはちょっとした衝撃の光景。
小さな兄妹に引っ張られた白猫の体は、まるでつきたてのお餅の如くビヨーンと伸びていったのだ。
「オレのだオレのだ!」
「あたしのあたしの!」
とんでもない状況になっていることを知ってか知らずか、2人は競い合うようにして公園の両端へと向かって行く。
そこそこ大きな公園の真ん中に一本の白いライン。
上空から見た人は白線が引かれているだけだと思うかもしれないが、これはれっきとした猫である。
白いモフモフがビヨーンと伸びているのだ。
「何ということじゃ……神の御業じゃ……ノビ神様の御業に違いないんじゃ……!」
ちょっとなに言ってるのか分からない事を呟きながら、一部始終を見ていた老人がベンチから立ち上がり、ビヨーンと伸びた白猫の元へと歩き出した。
その間も兄妹は互いに距離をとり続け、ほぼ同時に公園から外に飛び出した。
……と、その時。
「お兄ちゃーーん!!」
「なんだよー?」
「ずるいよずるいよー!」
「なんでだよー??」
「あたし、ニャンコのお尻しか見れないんだもん! お兄ちゃんだけずっと顔の方とかずるいずるいー!」
「そんなの仕方無いだろー。オレが先に見つけたんだからー……」
そう言いつつ、兄は白猫の可愛らしい顔をジッと見つめた。
そのすまし顔は永遠に見てられるぐらい魅力的だったが、逆にお尻はどんな感じなのかという思いも芽生え始めていた。
「わかったわかった! 交代してやるよー!」
「わーい! お兄ちゃんありがとー!!」
兄は周りをキョロキョロ見回して、たまたま近くを歩いてた女子高生に頼んで頭の部分を持って貰うと、ビヨーンと伸びた白い体に沿って走り出した。
同時に、妹も近くを歩いてたサラリーマンに頼んでお尻の部分を持って貰い、ビヨーンにそって走り出した。
ちょうど真ん中付近で出会った2人は、
「チェンジ!」
「チェーンジ!」
と言いながらパチンとハイタッチしてすれ違った。
そのすぐそばに老人の姿。
「おお、モフモフじゃぁ。こんなに伸びきってるのにちゃんとモフモフじゃぁ。とどのつまりノビモフじゃぁ」
老人は天に召されそうなほどの恍惚な表情を浮かべながら、両手で白猫の体をなで回し始めた。
「……わーい! ニャンコの顔あった!!」
猫の端っこにたどり着いた妹は、「ありがとうございました!」と言ってペコリと頭を下げた。
何が起きてるのかさっぱり分からない女子高生。
ただ、猫を持つ感触の気持ち良さを手放したく無かったのか、
「ねえ、この辺で良いから持ってても良い?」
と、女の子に尋ねながらボディ方面に手をずらした。
「うん、いいよ!」
断る理由の無い妹は満面の笑みで大きく頷いた。
一方、兄側でも同様のやり取りがあり、ニヤニヤしながらお尻を持つ兄のそばでサラリーマンが白猫のボディにずっと手を添えていた。
ついさっき取引先から打ち合わせのキャンセルが来て、ぽっかりと空いてしまった時間の使い道を悩んでいたサラリーマンは、ちょうど良かったとばかりに男の子と共に猫を持って歩き出した。
まだまだ余裕で伸び続ける猫の体。
ただ、一つ問題が発生した。
公園から出るまでは一直線だったから良かったが、外に出るとどうしても道路などの関係で右か左に曲がる必要が出てくる。
強引に伸ばしながら右に左に曲がり続けてしまうと、猫の体が壁や柵にこすれてしまう。
「それは何かやだな……どうしよう……」
悩む兄に声をかけたのは一番近くに居たサラリーマンだった。
「よしっ。オジさんが角の所で支えておいてあげるよ。ううん、大丈夫。確かに、そのお尻がどんどん離れて行ってしまうのは寂しいけど、それ以上にこの綺麗なモフモフが傷つく所を見たく無いからね!」
「オジさんありがとう!!」
こうして、角問題はあっさり解決した。
妹の方も、女子高生が自ら角担当を志願。
兄妹は再び歩き始めて、猫の体はさらに伸びていった。
「……そうなんじゃ、本当なんじゃ! とんでもなくノビモフなんじゃよ! 良いから見にいらっしゃい。そうそう、他のみんなにも伝えておくれ!」
老人は左手で猫のモフモフをモフりながら、右手に持った携帯電話を通じて友達にこの魅力を伝えていた。
そして、女子高生が伸びた白猫の写真をSNSにアップしたことで情報が一気に拡散。
それを聞きつけ駆けつけた近所の住民たちがビヨーンと伸びた猫の姿に驚愕し、さらにその様子をネットにアップ。
興味を持った人たちが各地から集まりだしてきた。
「こちら顔、そろそろ駅前に着きそうなう!」
「こちら尻、国道沿いを北方面に進行中!」
いつの間にか、伸びた猫の端と端の位置を実況する者も現れ、伸びた体沿いには屋台が置かれ始めた。
お祭り騒ぎが楽しくなってきた兄妹は家に帰るのが惜しくなり、どんどん遠くへ遠くへと向かって行った。
その間、右左折しようとすると必ず「ここで持ってます!」と角担当を志願する者が現れ、モフモフの体は端から端まで綺麗な白が保たれていた。
横断歩道を渡った後は、猫の体を守るためにその道路は警察の手によって通行止めにされた。
それにより、迂回を余儀なくされたり、職種によっては営業自体危ぶまれる事態となったが、その影響を受けた誰もが「ノビ猫のためなら仕方ねえか」と快く休業を受け入れた。
ただ、休みになった者たちは皆、ビヨーンと伸びた白猫の体を触りに向かっているため、仕方ねえかと言うよりは進んで休んだのでは無いかという憶測も流れた。
最初の公園は“ノビ猫の聖地”として多くの老人でごった返していた。
伸びる猫の体を触ると寿命が延びる、そんな噂も流れ始め、ちょっと体の悪いお年寄りも頑張って公園を目指した。
その噂の真偽のほどについては時間を待たなければならないが、少なくともビヨーンと伸びたモフモフの体を見た者はみな笑顔になり、少なからず健康面に良い影響を与えているのは間違い無さそうであった。
あの兄妹はと言えば、行く先々で歓迎を受けつつ、それぞれ逆方向に向かってひたすら笑顔で猫を伸ばし歩き続けていた。
山を越え、海を越え、いつか地球を一周して再び兄、妹と出会うその日まで……。
一方その頃、神々の住む天界では……。
「おい、ノビ神よ」
「あーーん? なーーんだーーい??」
「偉い騒ぎなってんなおい」
「まーーねーー。思った通り上手く行ったじゃろーー」
「だな」
「ってことでチヂミ神よーー、一周したら縮ませのほうよろしくなーー」
「あいよ」
「助かるよーー。でもまた人々のストレスが貯まって爆発しそうな頃に伸ばすからーー、そんときまたよろしくなーー」
〈了〉
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