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「おはようございます」
翌日も、用務員のおじさんは、朝一人時間をずらして登校する私に向かって挨拶をしてきた。同じ灰色の作業着をかぶり、箒のような形をした落ち葉を集める道具を携えて、薄い笑みをこちらに向けている。
私と正面から向き合うためか、おじさんの手は止まっている。傍らには落ち葉の山。風が吹くと、てっぺんから、カサリといくつかの葉が零れ落ちた。
その音に急かされるように、慌てて私の口が開く。
「おはよぅ、ございます」
少しかすれてしまったが、今度はきちんと挨拶することができた。
私とて、今日も声を掛けられるであろうことを予測していなかった訳じゃない。心の準備ぐらいはしてきていた。
はずだったのだが。
おじさんの張りのない頬、カサカサとしている肌が、クシャリとしわを作った。それが笑っている表情を象っているのだと気付くのに、私はしばしの時間を要した。
「今日は秋らしい風だね。葉っぱが良く落ちる」
鈍感な私でも流石に分かる。その笑顔は、さっきまでのものとは明らかに違っていた。
「え……えっと」
心の奥にむず痒いものが走り、視線が下がる。そのまま俯いて、私はまたしてもおじさんの横を黙って駆け抜けてしまった。
「あ――」
何か後ろから声を掛けられた気がしたが、振り向けない。どう話したらいいか分からなくて、失敗するのが怖くて、スタスタと歩調だけが早くなる。
校舎の角を曲がる瞬間、どうしても気になって、横目で後ろを一瞬だけ覗いた。おじさんは、既に腰を屈めながら落ち葉をかき集める作業に戻っているところだった。
私はホッとして、保健室へと入った。
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