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③:気付き
特別気分の重たい日だった。だから、家を出てからずっと視線を下げて、周りの景色を視界に入れず歩いていた。
学校に入ると、すぐ違和感に気付いた。道に散らばっている落ち葉の数が、何だか多いような気がする。
不思議に思い顔を上げる。変化の原因はすぐに、あからさまに目の前にあった。
いつもなら立って、落ち葉の山の横で、こちらに笑顔を向けているはずの場所で、おじさんがうずくまって倒れていた。
「っ……」
驚き、立ち止まる。
どうするのが正解なのだろう。
保健室の先生を呼んでこようか。それとも職員室がいいか。いや、そもそもこれは、それほどまで大ごとにすべき事態なのだろうか。
分からない。ただ悩むだけで、動けない。それが私。
また逃げ出して、おじさんのことを見捨てて……それが私?
そんなのは嫌だ。
「あのっ……ど、どうしましたか」
気付いた時には声を上げていた。心臓は殴りつけるように激しく鼓動を打っていた。
けれども、おじさんの反応はない。その背が小さく上下して、弱々しい吐息が聞こえてくるだけ。
私はもう、これ以上ないぐらいの気力を尽くしておじさんに近づき、その背に手を置いた。伝わってくる体温が、驚くほど熱い。人の体に触ったのは久しぶりだった。
「大丈夫ですか」
「あ……ああ。ちょっと眩暈がしてね」
私に気付いたおじさんは、いつもの薄い笑みをこちらに向けてくれた。額に薄く汗が張り付いて、ハアハアと呼吸をしていて、まだ気分は悪そうだ。
保健室に行くか聞くと、おじさんはその場の縁石にゆっくり腰掛けて、平気だと答えた。
「最近よくあることだから」
「でも……」
「ありがとう。声を掛けてもらったら、何だか良くなったみたいだよ」
だんだんと呼吸のペースが落ち着いてきたおじさんは、額の汗をぬぐった後に、両腕を上げてガッツポーズをした。
「もう元気百倍さ」
「……ふふっ」
明らかにカラ元気で、無理をしているのが分かった。けれど、強がるおじさんの似合わないガッツポーズが可笑しくて、もうそれ以上追及するつもりにはなれなかった。
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