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翌日から仕事の合間に少女に会うのが日課になった。もちろん会うといっても彼女の存在を確かめがてら図書室に異常がないか見回るだけなのだが、奇妙に心が落ち着いた。
少女は高窓から斜めに差し込む陽光の中で書架にある一冊の詩集に優しく手を添え、そこに誰かがいるかのように、少し顔を上げ、いつも微笑んでいる。後ろに束ねた髪は着物の襟にかかり、山袴の下には赤い鼻緒の草履を履いている。年齢は私より何歳か若いように見えた。おそらく過去にここに居た人なのだろう。幸せだった瞬間の記憶が結実したと思える少女の像に興味を覚えた私は彼女を調べはじめた。すると彼女の像が日を追うごとに薄れだした。少女が消えてしまうまで、猶予はあまりない気がした。真実が知りたい。
郷土資料を紐解き、インターネットも使ってはみたが、彼女の正体は依然としてわからない。私は彼女が手を添えている詩集を手にとった。何の変哲もない戦前の古い詩集。裏表紙を開くと図書の貸出票入れが貼り付けてあり、茶色く変色した貸出票が差し込まれていた。そこには二人の名前が交互に書かれている。一人は男性で、もう一人は女性。私は向こう側が透けるほど薄くなったしまった少女に近づくと、胸に縫い付けられた名前を辛うじて読みとった。
貸出票に書かれていた女性と同じ名前だった。
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