外を視る

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 「…………えっ、山?」 「山」 「…捨てられたわけ?」 「随分ストレートに聞くのね。違うよ」 「あ、ごめん」  思わず本音が出てしまった。  奏に連れられてたどり着いたのは、学校から少しだけ離れた小さな山だった。町は雪で白かったが、この山は特に白い。枯れ木にもバランスを保つように雪が乗っかっていた。  私は念のため、キョロキョロ辺りを見渡してから、山の脇道を歩いた。  「というか、ねえ奏。鉄の鎖が取れないって言ってたけど、それなんの隠喩?」 「隠喩?」 「だってそうでしょ、人間関係とか、そういう意味合いじゃ…」  あ、でも彼女は物にも触れられないのか。ならば、本当に鉄の鎖が取れないということもあり得る。  「…澪、違う。私は本当に鉄の鎖のネックレス…いや、チョーカー?かな、それを取って欲しいの。」 「わ、わかった。」  良かった。万一重そうな鎖だとか言われれば、私一人で運べるかどうか不安だったのだが。  おまけに山は低いからか、少し中を歩いても、街灯がまだ入りやすい。暗いことには変わりないが、要は、写真が撮れる。そう思ってカメラを構えると、奏にやんわり窘められた。  「さ、早く行こ。」 「わかったわよ…」 「もうすぐ帰らないと、時間がない」 「なにか制限でもあるの?」 「そうじゃなくて…あ、あれ!」  ピッと指差され、私はその先を見る。  奏の指の向こうには、暗い枯れ木に不規則に光るなにかがあった。雪にまみれ、どきどき一際眩しく輝くそれは…  慣れない雪に足を取られつつ、私は真下までやってくる。  枯れ木の掴みにくい位置にある枝にかかっていたのは、錆びて尚輝きを残していたネックレス…いや、チョーカーだ。随分のシンプルで、使いやすそうな…  「これであってる?」 「うん、ずっと取れなかったんだ。寝る時とかも…肌身離さず持ってたのに、その日はつけてなくてさ。」 「へえ…」  延びをすると、なんとか指先に触れられる。中指で垂れた鎖をひとつ掴む。そのまま勢いよくしたに下ろす。案の定、枝はしなやかに曲がり、雪と共に鎖を手にした。手袋越しにもざらついた感触がある。  「はい、取ったよ」 「っ!!ありがとう!」  奏は至極幸せそうにそのネックレスを舐めるように眺め倒す。  やがて奏は私の手を掴むように触れ、ポロポロと涙を流した。  奏はゆっくりとほどけかけた包帯を腕に巻くと、私にこれを上に掲げろと指示してくる。  「こう?」 「うん、つけてるふりだけでもしたいの。」  なるほど。私は首元に奏のチョーカーを持っていくと、奏がまるでつけているように見せる。  いや、どちらかというと、私がチョーカーを持ってるぶん、まるで私が授けているような形になっているが。ともかく、本人が嬉しそうならいいか、うん…。  何分も腕を上げ続けさせられそうだから、筋肉痛になる気がするけど…  「ありがとう」  奏はふと呟き、惜しそうにチョーカーから離れる。  「よっぽど大切なものだったんだね」  と言うと、奏はうっとりと私に呟いた。  「うん。付き合ってた人から貰ったんだ。生きてる時はずっと幸せだったな…」 「ふうん…」  じゃあなんで自らを殺めたの?  そう言おうとして、やめた。  人にはいろんな理由があるはずだし、私がそこに踏み込むべきでないと思ったからだ。  「で、これからどうする?」 「どうする?って?」 「このチョーカー。どこに届ければいいのかって話。奏の家?」 「ううん、どうせだし澪が持っててよ。」 「私?」  大事なものなんでしょ、と言うと、奏は少し笑ってから後ろを向く。  「母さんはあの人と付き合ってるの、よく思ってなかったから。私、友達も少ないし…だから、持ってくれる方がありがたい」 「そ、そう…ならありがたく受け取るわ。」  大切にポケットにしまうと、制服越しにチャリ、と音がなる。  ついた錆びも、家に帰ったら落とせるだろう。  ときどき、ほんのときどきは外につけていこう。  死後に受け取る形見とは、本当に不思議なものだ。  それから、しばらくは私達は雪景色を眺めていた。  言葉も出てこなかった。奏がもう死んでいるのなら、今この空間は奇跡のようで。その空間こそが居心地良かった。    ――けれど少し経って、奏はハッと口を開いた。
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