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「あんたはじめてだろ」と男は言った。
「みてりゃわかるよ。自分がなんでこんなところにいるのかわからないって顔してるぜ。それじゃ誰もひっかからないわな。いいこと教えてやる。やたらに大声をあげるんじゃない。目があったやつに声をかけるんだ」
そう言われて目のあった男をかたっぱしに声をかけた。何人かは目をそらして逃げていき、何人かは「にらんでんじゃねえ」と怒鳴った。くそ、くそっと心の中でつぶやきながら通りゆく男たちを見た。「自分がなんでこんなところにいるのかわからないって顔してるぜ」。そうだ。俺はここにいる。どうしようもなくここにいる。くそっ、くそっ、くそっ。仕方がないので自分は下賎のものでございますと腰を折り、笑いをうかべてみると一人さえない中年男と目があった。悲しげな目だった。ぼくは男に「いい子いますよ」と言った。頭にはジュンコの顔が浮かんだ。そしてマーリーの顔も浮かんだ。ジュンコはいい子だった。マーリーもいい子に思えた。だがこの男にとってはいい子であるかどうかわからなかった。もしかしたらマーリーはこの男に胸を撫でまわされている間、人形のような無表情になるのではないか。わたしはこんなところにいるはずじゃない。そんな顔をしてしまうのではないか。他の不機嫌そうにしていた女たちならと思った。
「ほんとにいい子かい?」
「いますよ、いい子」。彼女たちならあなたの前では笑っていますよ。そう思った。
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