タカユキの場合

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「六人くらいつかまえりゃいいだけだろ。そしたら一万四千円だ」と口角をさらに上げてにやりとしたが、声と目は威圧的だった。男は言葉を飲み込んだ。広川はその男に「いまどき誰が本当のこと言う?」ときいてきた。  広川は男の困った顔が面白いのか声を出して笑った。ハハハ、ハハハ。だが誰もつられて笑うものなどいない。  やつの言う通りだ。誰もこんなところで本当のことを書くわけがなかった。ぼくの経歴も立派に嘘で固められていた。 「それで、やるの、やらないの?」  広川は不満げな男たちにすごんだ。男たちは黙り、かわりに履歴書が集められた。自分の書いたニセの経歴が右から左に流される。広川は集めた履歴書をわきにおいて太い声で「全員採用」と叫び、仕事の説明をしだした。声は鏡張りのフロアに反射してすこしばかりのエコーがかかった。  その間ぼくは女たちを鏡越しに見た。女たちは彼らのようなロクデナシなどどこにもいないかのように無造作に服を脱ぎすてた。派手な赤や青の下着姿になった女たちの顔はみな不機嫌そうに見えた。あの布切れの中身はこれから男たちに舐めまわされるのだ。不機嫌な顔を笑顔に変えて。売笑。やつらは笑顔を売っている。会いたかったわ。また来てくれる。そう言って笑う。
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