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誰かに似ている。
そう思った。
マーリーは壁の鏡を使って口紅をひいている。似ているのは母かも知れない。それともジュンコに、だろうか。夜、鏡にむかう女の顔はみな似たような顔をしている。男に抱かれるための顔。自分を商品扱いしてきれいにパッケージするための顔。彼女たちは赤いリボンのかわりに口紅を引くのか。ばかばかしい。そんなものは幻想だ。誰かが誰かに似ていることなんてない。誰かが誰かの代わりになるだけだ。ジュンコもぼくの代わりを見つければいいのだ。そしてぼくもジュンコの代わりが見つかればそれでいい。
そういえば、ジュンコはむかしダンサーだったと言っていた。
マーリーと目があったのでそっと会釈をした。マーリーはそれにこたえ頭を小さくさげた。背の低い黒ずくめの初老の男がやってきて「開店準備!」と叫んだ。蛍光灯は消え四方八方に吊ってある照明が赤や青の点滅をはじめ、スピーカーからはダンスミュージックが威勢のいい音を響かせた。
いつのまにか仕事の説明が終わっていて、男たちは立ちあがり外へ歩き出していた。ぼくは遅れて立ち上がる。広川が出口で待っていた。男たちにジャンパーとチラシを渡している。最後の一人となってジャンパーを受け取った時、広川と目があった。やつは「マーリーはいい女だろ」と言った。無視すると「稼がせてやってくれよな」とぼくの肩を小突いた。
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