タカユキの場合

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 外に出ると冷たい風が頬をうつ。身体が自然と背筋と腹筋に力を入れ寒さに耐えようとする。男たちは叫び、酔払いがついていく。  別に一万四千円でも八千円でも構わないので、適当に朝まで過ごそうと思った。だが今日で三日目だという男が「おまえまだなんか、しょぼいな」などと言うので、くだらない自意識とやらが、褒められたい、認められたい、などという卑しい気持ちを呼び起こし、一人くらいは店に連れ込みあの女たちの乳房にしゃぶりつかせなければいけない、などと思わせる。  こんなところでもよく見られたいのか。くだらない。そう思いながらもその卑しいと感じる心からは自由にはなれない。それで大声を出す。だが誰一人店に連れて行くことができなかった。  なんて夜だ。そう思ったせつな、雪が鼻の上に落ちた。  白い結晶が冷たい液体に変わる一瞬、自分のなかの何かがいっしょに溶けてずり落ちていくような感覚に囚われた。雪を感じた、ただそれだけなのに大切なものを失っていくような気がして唖然とする。これ以上なにがあるというのだろう。なにもかも終わっているはずだ。落ちてくる雪を見上げる。ビルに切り取られた小さな空は街の光を反射して赤く赤く染まっている。呆然としているとさっきの男が、ぼくの尻を強くたたき、「叫べ」と怒鳴った。
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