タカユキの場合

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 雪が降っているのね。  それが最初にジュンコが口にした言葉だった。雪の日にかわす客と娼婦の普通の言葉だった。ポン引きが連れてきた「イイコ」は自分より年上の痩せた女だった。ジュンコはすまなさそうな笑顔をみせた。わたしでいいの。そう言った。もちろん。そう言ってジュンコを抱いた。普通の平凡なセックスだった。  別れ際、また来てね、待ってるわと言った。  必ず行くよ。ぼくもそう約束をした。  店を出ても雪が降り続けていた。スーツは寒いのでデパートで新しい服を買った。ジーパンとセーター。革靴はやめてブーツを買った。ビジネス用のコートも似つかわしくないのでダウンジャケットを適当に選んだ。こんなかっこうをするのは学生以来だ。トイレに入りスーツを脱いで着替えた。なんだか自分が指名手配を受けた犯罪者のように思える。大きな紙袋に今まで着ていた服をつっこんで外に出ると、なんだか新しい気分になった。なんという軽薄さなんだろう。だが新しい服と冷たい空気は自分を生まれ変わらせようとしているのは確かだった。ぼくは歩いた。新しいブーツは凍えてときどき滑りそうになる。足取りは軽かった。突然、紙袋から電子音が鳴り響いた。携帯電話だった。思わず紙袋を投げて逃げ出した。指名手配。その言葉が頭の中を埋め尽くした。
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