3話 立ち止まっちゃいられない

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3話 立ち止まっちゃいられない

「さて、昨日はずいぶんお楽しみだったようだな…?」 「なにがあったか説明してもらえるかな?」 翌朝。茜は早起きして、鼻歌を響かせながら朝食を作りに台所へ向かい、私は休日のいつもどおりの時間に起きた。 ダイニングに向かうと雪と琥珀さんに鬼の形相で詰め寄られた。 「あ、姫おはよう!モーニングキスしに行きたかったのにぃ〜」 「おはよう…あれ、珊瑚は?」 「トレーニング行った!話を逸らさない!」 話題を変えようとする私とは裏腹に、二人は事細かく聞きたがっている。 茜に抱きしめられながら寝たのは、案外心地良かったとは口が裂けても言えない。 「みんな、男で過ごす日と女で過ごす日は気まぐれで変えるの?」 「今日は引っ越しの荷物片すからみんな男だよ…ってまたスルーかい!」 いちいちイチャイチャした顚末を話さなきゃいけないなんて恥ずかしすぎる。 「菫、記憶が断片的に戻ったって本当?」 「うん、キスされたら茜のこ」 「「キスーー??!!」」 目玉が落ちそうな勢いで二人は驚く。 こんな風に毎日詰問されるんじゃ堪らないなあ… 「どうせみんなするんでしょ!一番かその他の違いだけじゃん!」 朝食を作り終えた茜がぷりぷりしながら割り込んでくる。 気合いを入れまくったのか、高級旅館の朝ごはんという感じで、いたれりつくせりのメニューに胸焼けを起こしそうだ。 「え、ちょっと、こんなに食べられないんだけど」 「今日は“初めて”の姫のための朝食!気合い入れないわけないじゃん!」 “初めて”を強調する茜に、雪と琥珀さんの舌打ちが聞こえる。 「…あの、茜との出会いを断片的に思い出しただけだよ」 「ほう!俺とキスすれば俺のことを思い出してくれると言うことか!」 雪が生き生きとしすぎてて怖くなる。 「珊瑚はいつ添い寝するんだろ〜?」 「ほっとけばいい。いつまでも文句垂れてるやつは置いていけばいい」 琥珀さんの疑問をぴしゃりと雪が断ち切る。 三人で朝食をはじめるが、珊瑚の分がない。 「珊瑚の分は?」 「余り物とプロテインでいいんだって〜」 珊瑚(男Ver)はガタイが良くて4人の中で一番筋肉がある。 朝から筋トレなんてストイックだ。 「一応俺達は、婿入り合戦を繰り広げてるわけなのにさ〜珊瑚はお家のこと考えてないのかな〜?」 やれやれといった感じで琥珀さんが呟く。 4人の家は前世も今世も紫藤家に仕えてきたらしい。 力と記憶を取り戻し、ゆくゆく私と結婚すれば、四家の中で一番位が上がり、一族安泰だという。 言わば椅子取りゲームでもあるわけだ。 「さーちゃんは人一倍頑固で言うこと聞かないからねえ〜、まあライバルが減った方がみんなもいいでしょ」 「当然だ」 「確かに〜」 あんなに頑なに私のことを拒絶していた珊瑚。 そんなに嫌なら、この計画に参加しなくても良かっただろうに… プルルルル 「母さんだ!!」 スマートフォンが鳴り響き、慌てて電話に出る。 「すぅちゃんおはよ〜☆」 脳天気な母さんの声に安堵する。気が抜けて涙が出そうだ。 「もー!いろいろ聞かされてびっくりしたんだからぁ…」 「前から言おうとは思ってたんだよ〜?一応。同棲ライフはどう?」 ずっと会ってなかったかのような心細さが一気に沸き立つ。 声を聞く限りはなにも変化は感じられないが。 「身が持ちそうにないっていうか…」 「やだ!もうどこまで行ってるのお〜?!」 「ち、違う!記憶が断片的に戻って、そのときに物凄い頭痛がするの!お母さんこそ大丈夫なの?」 「ほほー、計画は順調ってとこね。ママは大丈夫!パパはまだ見付からないけど、ちゃんと探し出すから!」 二人とも戦地に居ると思うと心配でたまらない。妖族の実態も分からないし、悪い想像ばかり膨らむ。 「行っとくけどママ結構強いんだよ?まだやらなきゃいけないことあるし、死にましぇ〜ん!」 「ちょっと、ふざけてる場合じゃ…」 「また連絡するね〜おつおつ〜☆」 母さんのテンポに乗せられるまま、電話は切れてしまった。 「真咲さん、相変わらずだな。元気そうで良かった」 「我が道を行くってかんじだねぇ〜」 「姫も、声聞いて安心したんじゃない?」 「いつもどおりだったよ…」 生死がかかってるとは思えないマイペースぶりにため息が出る。 この様子だとまた連絡はくれそうだ。 * その後は引っ越しトラックが来て、4人は一日中大型荷物の片付けに追われ、またもや物音がうるさく、勉強に集中できなくなってしまったので、パソコンで調べものをすることにした。 やっぱり…前世のこと。 紫藤スミレ(カタカナ表記らしい)で検索してみると、やはり約100年前に妖族を封印した一級魔術師の一人と出てきた。 「…それだけ?!」 画像では着物を着ていて、長い髪を一つに結んでいる。 自分と似ていると言われれば似てるかもしれないが、前世という実感がなく、生き別れた姉の姿でも見ているような気分だ。 「妖族を封印した救世主みたいな人なのに、なんでこんな情報がないの?」 4人のことも調べると、同様に簡単なプロフィールと数枚の画像しか出てこなかった。 「なにか…不都合なことが隠されてるの?」 次に妖族。 ──この世の災いの根源とされ、その姿は人に似ており、関わったら災いが降りかかる── また、誰もが知っている言い伝えレベルの事しか出てこなかった。 どうやって封印されたのか? どうして封印が解かれたのか? 核に迫ることは何も書かれていなかった。 「妖族のことも前世のことも、意図的に隠されているとしか思えない…」 * そして夜。茜による豪勢な創作和食が振る舞われた。 「どれもおいし〜!!お店に出せそう」 「頑張った甲斐あった〜!どんどん食べてね」 こんなに毎日美味しい思いをしてたらあっという間に太ってしまいそうだ。 すると、テレビから不穏な臨時ニュースが飛び込んできた。 ──次のニュースです。✕✕区で昼1時頃、暴徒化した無族による放火事件が発生しました。 これにより住宅が二棟半焼、怪我人は住人と見られる6名、うち一人は意識不明の重体です。 逮捕された無族3名は容疑を否認しており── 「また無族が暴れてるのかあ〜最近多くない?」 無族とは、魔力を一切持たない血筋の人間のこと。 大多数が魔力を持つ魔族でこの世は成り立っているが、極少数、魔族ではない無族が存在している。 その実体は非人間扱いも同然で、酷いものだ。 私はよく間違えられるが、特殊なケースで、親が二人とも魔術師なので、無族ではない。 「無族は根絶やしにするべきだ。妖族に付け込まれて暴徒化するのは無族ばかりだからな」 「妖族の仕業なの?」 「そう、奴らは人の弱った心につけ込む。非人間扱いされてる無族は格好の餌食だ」 私は何も言えなくなってしまった。 本当に悪いのは無族なのか?と言いたかったけれど、無族の肩を持つことさえ不審に思われる。 黙るしか無かった。 * そして夜、今日は雪の添い寝当番らしい。 やはり部屋に招き入れるのは緊張する。 「雪は、手荒なことしないと思うけど…」 「さあ、どうかな?」 振り返ると、男Verの雪に抱き締められ、身動きができなくなる。 「ちょ!やめ…」 「やめない」 一瞬手が緩んだかと思うと抱きかかえられ、あっという間にベッドに運ばれる。 「アカネは案外紳士だったんじゃないか?珊瑚はやる気ないし、琥珀は女慣れしてるから軽薄。俺が一番常識人だと思ったかもしれないが、俺が一番遠慮しないぞ」 「詐欺だーっっ!!」 すんなりと雪に唇を奪われ、初めてがこんな強引なんて…と少なからずショックを受けている自分がいる。 「…思い出してくれよ、俺のことだけでも…あんなに一緒だったのに…」 すると、無理矢理頭にねじ込まれたかのように、断片的に記憶が蘇ってきた。猛烈な頭痛と共に。 「…うっ…記憶が…思い出した…」 「おお!どんな?!」 「小さい頃かな…銀髪の男の子と…雪の中…遊んでる…」 「俺とスミレ様の幼少期だ!俺達は小さい頃からの幼なじみで、冬はよく雪山で遊んでたんだ」 雪が頭を撫でてくれて痛みが和らぐ。 「あとは…なんか付き合ってる?かんじの記憶が断片的に…」 「それも合っている。俺達は幼なじみで、初めての相手で、茜が出てくるまでは付き合ってたからな」 「そうなの?!」 ね、寝取られたってやつか…正真正銘ライバルなのか。 「前世は茜にまんまと奪われたけど、今回は絶対に負けたくない」 「そう…なの…ね…」 「あれ?!もう寝るのか?!」 キスしただけで体への負担が大きすぎた。雪には申し訳ないが、気絶するように眠りに落ちた。 * 「菫、朝だぞ」 「うむむ…」 唸っていると、雪にあちこちキスされ、思わず飛び起きようと身をよじったが、雪の腕の中で悶えるしかなかった。…男のままだった。 「雪、分かったから、起きるからあ〜」 4月だが今日は暑くて布団を思わず手で押しのけると、雪が半裸で小さい悲鳴が漏れた。 「ぎゃっ、な、なんで裸なのぉ〜」 「今着替えようとしてたから。ちょっと待って…」 雪はベッドのフチに座ったかと思うと、ひょいと私を抱え上げ、両足の間に私を座らせ、背後から抱きしめてきた。 「やだ、もう、服着てよお〜!」 雪の体温と筋肉がダイレクトに伝わってきて、これはあまりにも恥ずかしい。 「これは…牽制でもあるから」 「牽制?」 すると、ノックのあと間髪入れずに琥珀さんが入ってきた。 「菫ちゃん、ごはんだ…ってコラー!!!」 「うるさい琥珀」 「え?いきなり男の姿でずっと添い寝してたの?ルール違反じゃない?!」 「暗黙のルールとかないから」 すっと雪は女の姿に変わった。服も着ている。 「仲良しこよしでやってくつもりないし、遠慮しないから」 …牽制ってか…威嚇?! * 今朝はみんな女の姿だった。琥珀さんによって朝食が振る舞われ、お弁当まで作ってくれた。 珊瑚はさっさと高校に行ってしまった。 話を聞けば茜と雪は私と同じ大学だった。流石に法学部ではなかったが。用意周到すぎてびっくりする。 「二人とも、学校では女で居てね!姫呼びも禁止!」 「え〜やむを得ないときは?」 「無いでしょそんなとき…」 二人はボディーガードみたいなもんだと言うけれど、学校でも家でも一緒じゃ、気が休まりそうにない… もちろん通学路も一緒だが、今までとは勝手が違っていた。 「電車で30分以上かかるでしょ?空飛んで行こう!」 「ええっ」 空を飛ぶなんて、二人ほどの魔術師なら容易いことだろう。 しかし私は魔術が使えない… 「大丈夫だよ〜!魔術飛行法の免許はとっくに取得してるから!」 「問題はどっちと一緒に乗るかかな」 話を聞くと、飛行魔術を持たない者と飛ぶときは、魔術飛行法で二人までと決まっているらしい。 魔術飛行法の免許は大体早くても18歳程度で取るのが平均らしいが、雪は中学生の時、茜は小6で取ったらしい。 前世の記憶があるおかげ? 「ん〜もうじゃんけんして決めて」 まだ私の中ではどっちの優劣も付いていないので、決めてと言われたらジャンケンしかない。 結果、今日は雪と乗ることになった。 二人が手を伸ばすと紋章の入ったステッキが現れ、ステッキに跨る様に促される。 「こ、怖いよぉ!!」 「大丈夫、後ろから支えるし」 飛べるのが当たり前の人からすると息を吸うように簡単なことかもしれないが、飛べない人間からすると、心許ないことこの上ない。 「こーちゃん行ってきます〜!」 「行ってきます」 「ぎゃああああ」 「行ってらっしゃい〜」 琥珀さんに見送られながら、私は情けない悲鳴を上げて、浮かぶステッキに必死にしがみついた。 「大丈夫だって。万が一落ちても魔術でコンマ一秒で浮かせられるから」 「分かっちゃいるんだけどね…」 後ろから抱きしめるように支えられ、別の意味で緊張してしまう。 女の姿でもなんだか気が抜けない… 「高いとこ怖い?」 「うん、怖い…」 「すぐ慣れるよ」 重なる雪の手がギュッと強くなる。 本当に慣れるのだろうか… ぎゃーぎゃー言ってる間に確かにあっという間に大学に着いたが、結構目立ってしまった。 これはまずい。 「早々目立つのやめてよぉ!」 「え〜?大丈夫だって〜」 「目立って何のデメリットがあるの?」 頼むからおとなしくしていて欲しい… 「お弁当一緒に食べようね〜!連絡するから!」 二人は魔術学部で校舎が異なる。しかし共通の必修科目もあるので、3人揃って授業を受けることも今後出てきそうだ。 * お昼になり待ち合わせしていた学食へ向かう。学食はお弁当も持ち込み可能だ。 いつも人のいない図書館で食べていたので変な感じがする。 「あ〜!こっちこっち〜!」 食堂に着くと先に席に着いてた茜にバカでかい声で呼ばれた。 ヒヤヒヤしながら慌てて二人のもとに駆け寄る。 「もう、声でかいから…」 「お腹空いた〜!早く食べよ!」 席に座りお弁当箱を開ける。 他にも校内に昼食を取れるスペースはあるが、やはりかなりの人で賑わっている。 「席とれて良かったね」 「うん」 三人揃って同じお弁当をつつく。 琥珀さんは気合の入ったお弁当を作ってくれた。本当にありがたい。 二人には遠くなるから悪いけど、やっぱり人が多いから、明日からは図書館で食べようかな。 「きゃーーーーっ!!誰かーーー!!」 突然入り口の方から、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。 入り口の方から次々に人が逃げてくる。 流れてくる人波の向こうに、刃物を持った男子生徒が佇んでいた。 「あー妖族憑きかな、あれは」 「妖族憑き?」 「元々は人間なんだけど、妖族にとり憑かれて廃人1歩手前ってトコ」 雪が呆れたように説明する。 妖族のことなんて対岸の火事だと思ってたのに、まさか学校で出会うことになるとは。 「お前ら、馬鹿にしやがって!!俺が無族だからって、何してもいいと思ってんのか!!」 魔力のない無族に生まれてしまったら、いろんなことで差別を受ける。 「人が多すぎて攻撃できない…」 食堂は中庭に面していて、雪崩が起きそうな勢いでどんどん人が逃げていく。 刃物男は逃げ遅れた人を捕まえ、ナイフを振りかざした。 「どいてーーーーっっ!!!」 僅かな隙間を狙って、茜は跳んだかと思うと、そのまま飛び蹴りを刃物男にお見舞いした。見事な身のこなしだった。 雪が刃物を取り上げ、刃物男は倒れ、他の生徒が持ってきた縄で縛られていた。 「みんな、これは妖族憑きだから、妖族が出てくるよ!逃げて!」 慌てて残りの生徒もお礼も言わず立ち去り、あれだけ居た食堂は私達三人だけになった。 「許さない…許さない魔族…」 息を吹き返した刃物男が呟いたかと思うと、緑色の血を吐き出した。 「ひゃあっ!!」 「グロいけど、ちゃんと見てて。妖族の実態…」 茜と雪の背中越しに、蠢く刃物男の姿が見える。 痙攣を起こし、死臭を放ちながら茶色く腐っていく様を呆然と見つめていた。 「妖族にとり憑かれると、最後はこうやって腐っていって、跡形も残らないんだ」 「腐っていったら、本体が姿を現すぞ…」 茶色いソレが消えていくのと同時に、紫色のモヤが現れてくる。 モヤは段々と人の形になり、さきほどの刃物男とは全く違う姿になっていく。 「…ゼロか…!!」 紫色のモヤは男性の姿になった。 軍服のような服を着ている。顔立ちはとても綺麗な顔をしているが、不気味な笑みを浮かべていて、思わずゾッとする。 「やあやあ〜!久しぶりだねえ、スミレ殿と騎士たち」 「だ、誰なの…?!」 「こいつはゼロ。妖族のトップ。約100年前に、姫様が封印したはずのこの世の悪の根源だ」 い、いきなりラスボス登場ですかーーーっっ?! 続く
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