4話 記憶のカケラ

1/1
前へ
/4ページ
次へ

4話 記憶のカケラ

これが妖族のトップ、「ゼロ」…。 彼が放つオーラは禍々しく、思わず足が竦んでしまう。 「何しに来た!こっちはまだ、姫の記憶も魔力も戻ってないんだぞ!」 「吠えるねえ忠犬君。なに、今日は挨拶しに来ただけだ」 雪と茜の背中が守ってくれているが、張り詰めた空気が後ろ姿からも伝わってくる。 緊張するこちらとは裏腹に、ゼロは余裕たっぷりの笑みを浮かべている。 なぜそんなに余裕があるのだろう。 「菫殿は、本当に守るべき価値があるのかな?」 「は?喧嘩売ってんのか?」 冷静な雪がいきり立っている。 「お前たちの知らない姿があるってことだよ」 そう言うと、ゼロは右手を前に差し出し、なにやら呟きはじめた。 「思い出してくれ、菫殿。俺達の甘美なる想い出を!」 するとまた、頭が割れそうなくらいの猛烈な頭痛に襲われた。 「あぁ!あっ…!頭…が…割れる…!」 「姫!」 「菫!」 私はそのまま呆気なく気絶してしまった。 * 夢を見ていた。 辺りは血の臭いが立ち込める戦場で、あちこちに人が倒れている。 目の前にはゼロが居て、全身血だらけの状態で、膝をついていた。 「そう…か…スミレ殿は…そうやって…ここまで…のし上がってきたのか…」 私は刀の血を払うと鞘に納め、ゼロに近付く。 ゼロは抵抗することも戦うこともしない。 「いいぜ…差し出してやるよ…その代わり…この呪いで…自分の首を絞めることになるだろう…」 すると、なんと私はゼロの首に噛み付き、血を啜っていた。 * 「…え?」 ラストの衝撃で思わず目が醒めたけど、夢の内容はしっかり覚えていた。 何あれ。これも前世の記憶だっていうの? 確かゼロに術のような物をかけられて、また物凄い頭痛がしたから、これもきっとそうなのだろう。 「…私の部屋?」 どうやらあの後無事に帰ってこれたらしい。 周りは見慣れた自分の部屋。ほっとする。 ベッドの側では琥珀さんがうたた寝している。 時計は16時を差していた。 色っぽい琥珀さんの、無防備な寝姿に、思わずドキドキしてしまう。 「琥珀さ…」 「だーかーらー!どうしようもなかったって言ってるじゃん!」 「ゼロにやられてノコノコ帰ってくんな!!」 「ちょっと、二人ともやめなって!!」 部屋の前で茜と珊瑚の大喧嘩が始まっている。止めなければ… 私は慌てて部屋を出た。 「ひーーーめーーーーー!!!!」 目に涙を浮かべた茜に、間髪入れず抱きつかれる。 「菫…良かった、なんともない?」 「大丈夫だよ」 「ゼロに何された?」 珊瑚に詰め寄られ、あの夢を話していいものか迷う。 「菫ちゃん!良かったあ〜」 琥珀さんも起きたようだ。 「あの…気を送られたっていうか、記憶をねじ込まれたっていうか…夢を見たの」 そして私は夢の内容を洗いざらい話した。 4人の顔が曇る。 「血を啜る?んな、姫様が吸血鬼だったってこと?」 コロッと変わって、茜は信じられないと言わんばかりに、ヘラヘラと笑う。 「生き血を吸う魔族なんて聞いたことない」 「ゼロが、からかうために、ありもしない記憶植え付けたんじゃないの」 雪と珊瑚が次々に否定する。 「ゼロとのことなんて思い出さなくていいよ、忘れなね〜」 琥珀さんに頭ポンポンされるが、腑に落ちない。 本当に、彼はからかうためだけにあんな物を見せたのだろうか? 私は胸騒ぎが拭えなかった。 すると家のインターホンが鳴った。誰だろう。 「どうもー、魔術警察です」 「はい?!」 「あ、大丈夫。知り合いだよ」 普通の警察とは違い、魔術が絡む事件は魔術警察の管轄だ。…人生初めての事情聴取か。 魔術警察と名乗った二人は、長めの前髪で片目が隠れた年齢不詳の男性と、明らかに私より年下の小柄な女の子だった。 男性はゴシックファッション、女の子はコルセットにエナメルのショートパンツと、警察とは思えない黒ずくめのファッションだった。 コルセットからこぼれ落ちそうな爆乳が目のやり場に困る。 「菫くん、現世でははじめましてやね〜。魔術警察の黒鉄香威(くろがね・かい)です」 リビングに通して座ってもらったが、さっきから女の子の視線が痛い… 「黒鉄由鈴(くろがね・ゆりん)だ」 由鈴と名乗った女の子は、威嚇しているのか、突き刺さるような視線をこちらにぶつけてくる。 「由鈴は、僕の助手兼嫁なんよ」 飲んでいたお茶を噴きそうになってしまった。突っ込みどころが多すぎる… 魔術警察は自由なんだなあ… 「さて本題やけど。目撃者からあらかた話は聞いたし、現場検証も終わったんやけど、ゼロと会ったみたいやから、記憶を見せてもらおうと思ったんよ」 「え?!」 「香威は記憶が読めるんだよ」 「また凄い頭痛がするんじゃ?!」 「香威様の術に痛みは伴わない。安心しろ」 由鈴ちゃんに睨まれてしまった。…タメ口が気になる。 「わ、分かりました…ご自由にどうぞ」 覚悟を決めて目を閉じる。香威さんの手が頭に触れてそこだけ熱を帯びる。あれ、案外気持ちいい。 「なるほど。奴は菫くんにちょっかいかけにきたんやね。その割には無族を巻き込んで派手にやってくれたなあ〜」 「ねじ込まれた記憶のようなものはなんなんでしょう?」 「奴のことやから、からかってるんちゃうかなあ。妖族の血を吸う魔族なんて聞いたことないから、安心してええと思うよ」 みんながそう言うのなら、やっぱり気にしない方がいいのかな。 「あ、香威さんも前世のこと覚えてるんですか?」 「覚えてるよ〜!由鈴とは今世からやけど、スミレくんとは一緒に戦った仲やからねえ」 「そうなんですか?」 「スミレくんはグループやったけど、僕は一匹狼で、協力し合ってた感じかなぁ」 「…香威様」 …由鈴ちゃんの顔が心なしかさっきより険しいような… 「久々に菫くんに会えると楽しみにしてたから、由鈴が妬いてもうたみたいで…さっきからつねってきてる」 「も〜ノロケないでよ香威ちゃん!」 どっと笑いが起きたが、私は笑える状況ではない。 「ごめんごめん。今日はお暇するわあ。また何か訊きたいことあったら、いつでも連絡してきてなぁ」 「香威様!」 「分かった分かった」 香威さんが、由鈴ちゃんを宥めるために、頬にキスしたのを私は見逃さなかった。 …なんで私が妬かれないといけないんだ! 「なんなの?!」 「まあまあ。新婚さんだから許してやって」 あの感じだと、香威さんと会うときは、いつも由鈴ちゃんに睨まれなきゃいけないのでは? 「いくつなの?」 「16と31。10年前に孤児だった由鈴を拾ったんだって」 「…住む世界が違うな…」 「彼女、無族なんだよ〜」 「えっ?!」 無族に産まれると、手に職を付けない限り、生きていくのは難しい。 魔術を習い出す高校や大学でバレる可能性があるからだ。 バレると差別を受けることは珍しくない。最悪なのは、殺されたり暴行を受けた場合、魔族から無族に対しては非常に罪が軽いのに対して、逆は死罪だということ。 孤児なんて、きっと彼女が相当苦労したのは想像に難くない。 「…苦労したんだろうね」 「私、あいつら嫌い」 しんみりしたところに、珊瑚が珍しく割って入ってきた。 「え?さーちゃんとゆりりんのツンツンっぷりは似てるけど?」 「やめてよ!」 「同族嫌悪?」 「違うって!昔から、あいつ掴みどころが無いっていうか…何考えてるか分からない」 たしかに、にこやかではあったけど、内に秘めた物は大きそうな印象を受けた。 「…スミレ様が亡くなったときも、あいつ何の役にも立たなかったじゃない」 前世の私の最後。 いろいろなことが隠されているはず。 聞いておかないと… 「あの、前世の私って、どんなだったの?」 「凄く強大な魔力を持っていて、特にヒーリングに長けていて、幼少期から病気や怪我人を助け、神童と呼ばれていた」 雪が語り始める。そう言えば、雪は私と幼なじみだったって言ってたっけ… 「約100年前は妖族との戦争真っ只中だったから、若くしてスミレは戦力として駆り出され、めきめきと頭角を現していき、 当主だったスミレの父上が亡くなったあとは、きょうだいを差し置いて一族のトップとなった」 「美しく気高く、聡明だけどちょっと抜けてて…」 「ちょっと割り込まないで!」 茜が割り込んだが雪に一喝されてしまった。 「あの、私、前世のことを調べても簡単な情報しか出てこなかったんだけど…なんでなの?」 「戦争でいろんな資料が無くなってしまったのと、スミレ様は強すぎてやっかみを受けたことも珍しくなくて…いろいろ不遇も受けたんだよ」 女で一族のトップ…約100年前は今よりもっと男尊女卑だっただろうから、苦労したであろうことは手に取るように分かる。 「みんなで力を合わせて戦わなきゃいけないっていうのに、魔族は、グループ同士の揉め事も嫉妬も多かったからね…」 「あの、死んだときのことは…」 一番気がかりだったことを訊いてみる。 「…妖族との戦いも終わって、のんびり過ごしてたある日、2階の自室から転落死」 「ええっ?!」 「警察は転落死だって言ってたけど、そんなはずない!100階から落ちたって、スミレなら0.1秒で飛べる!誰かに眠らされて落とされでもしなきゃあんなことにはならない! 香威に屋敷に居た全員の記憶を見てもらったけど全員シロ。他に可能性があるなら、誰かが結界を破ってスミレに接触した可能性…」 雪が肩を震わせながら一気にまくし立てる。 そんな死を遂げていたとは思いもよらず、なんと言っていいのか言葉に詰まる。 「でも、みんなぐらいの魔力があれば、生き返らせることくらい」 「無理だよ」 珊瑚が強い口調で割って入る。 「菫ちゃん、ヒーリングは生きている者にしか使えないんだ。例えどんなに魔力が強くてもね」 琥珀さんが優しい口調でそう言うが、とても悲しそうだった。 「便宜上は。死者を蘇生させるのは論理上可能らしいけど、やったが大罪で牢屋行きだ。菫もそれくらい知っているだろ」 諌める口調の雪に返す言葉がない。 法律管理士を目指しているから、勿論知っていたが、もしかしてと思い訊いてしまったことを恥じた。 「ごめん、ちょっと一人にさせて」 「ゆ、雪…」 席を立ち、雪が部屋にこもってしまった。 茜を見るとしくしく泣いている。 「ちょっともう、泣かないでよ…」 「ごめん、昨日のことのように、私が一番覚えてるから…」 そう言えば記憶が一番濃いと言っていた。 「…言いたくないけど、自死の可能性は…」 「そんなわけない!私達を置いて、スミレ様が死ぬわけない!」 珊瑚まで、声を荒らげて出ていってしまった。 「ご、ごめんなんか…」 「菫ちゃんごめんね、みんなこのことはいつも感情的になっちゃって…大丈夫、頭冷やしたらすぐ戻ってくるよ」 過去の資料が少ないのは、戦争の混乱でいろいろ消失したのと、不遇を受けていたからだということ。 死んだのは、転落死と言われているが、自殺か他殺かはっきりしないこと。 そして、茜は私を追ってすぐ自殺したこと… 明らかになっていることはその3つだった。 もうこれ以上訊くのはよそう… めそめそ泣き続ける茜の頭を撫でながらそう思った。 * 夕飯は琥珀さんによる本格イタリアンだった。夕飯の頃にはみんな元通りになっていて、気まずいこともなく団欒を過ごせた。 その後お風呂に入ったあと、自室で勉強しながら、添い寝当番の琥珀さんを待った。 「菫ちゃん、お待たせ〜」 「あ、はい…」 昼と同じく女のままだったが、どっちでもセクシーだから、どっちでも結局緊張する気がしてきた。 「…パジャマは案外普通なんですね」 「え?どんなの想像したの〜?」 立ち上がりベッドに向かおうとしたところ、琥珀さんに後ろから抱きしめられる。 「や、やっぱりちょっと、おっぱいが当たるから、男の方でお願いできますかーっ?!」 「ふふ、照れなくていいのにい〜」 そう言うとドロンと一瞬で男に変化していた。 「…俺のことは、思い出して欲しいような欲しくないような…」 「え?」 抱きしめられたまま、後ろから耳をついばまれて、思わず吐息が漏れる。 「や、やめ…」 「え〜?俺だけおあずけはなしだよ〜?」 琥珀さんがニヤリと不敵に笑う。 立ったまま耳への愛撫が止まらず、すぐに膝が笑いだした。 「む、無理ぃ…」 「ふふ、弱いねえ〜」 ひょいとお姫様抱っこされ、ベッドに優しく降ろされる。 面と向かい合うと恥ずかしさがいっそう際立つが、もう逃げ場がない。 「あれ?頭痛来ない?」 「う、はい…」 「やっぱり唇じゃなきゃ駄目なのかな?」 すぐ唇が塞がれたと思うと、咥内に舌がねじ込まれてきた。 必死の抵抗も虚しく、腕は押さえつけられて身動きが取れない。 もうこれ以上は無理…と思ったところで、遅れてとんでもない頭痛がやってきた。 「う…き、来た…」 「おお!どんなのが見える?」 「栗色の…くせ毛の…小さな男の子を…私が抱っこしてる…」 「うわ〜やっぱりそうだよね…」 この小さな男の子がまさか琥珀さん?! 「いや、抱っこされるほどガキじゃないんだけど、実際年は離れてて、童顔でチビで、男扱いされてなかったと言うか…」 照れながら話す琥珀さんがかわいい。 現世とはあまりにギャップがありすぎる。 「ふふ、ギャップありすぎでしょ」 「ほら!やっぱり笑うから思い出してほしくなかった…」 琥珀さんが頭を撫でてくれて、頭痛の痛みもすぐに和らいだ。 「こんな調子で、いつ全て記憶が戻るのかな…そもそも魔力も戻るんでしょうか?!」 「やっぱりエッチなことしないと…」 琥珀さんの手がお尻に回ってきて撫で始めた。 「ちょっともう!」 「菫ちゃんは、誰を選ぶのかな?」 琥珀さんの唇が髪に触れて擽ったい。 すると、琥珀さんの首すじに虫さされのようなあとが見えた。 …これはまさか… さーっと気持ちが急速に冷えていく。 「ちょっとこれ!キスマークですよね?!」 「え?ち、違うよ、虫さされだよ〜」 慌てふためくが嘘が下手すぎる。 「私以外にイチャイチャする相手が居るんじゃないですか!」 「いや、定期的に発散しないとね、ちょっと…」 言い訳が見苦し過ぎる。 「やっぱりほんとにチャラチャラしてるんですね…見損ないました」 琥珀さんに背を向けて目を閉じる。 「菫ちゃん、そ、そんなに怒らないでよお〜」 「早く寝ましょう」 しばらく琥珀さんがうるさかったけど、繋いできた手は振りほどかないであげた。 一応優しさだ。 * また夢を見ていた。 泣いている。 魔力によって人を救っても、敵ができる。 私の力のせいで、親族でさえ派閥ができる。 女が一族を束ねるトップだなんておかしいと言われる。 どんなに人を救っても、どんなに妖族と戦っても、私は救われないー… ねえ、どこまで走ればいいの? 「菫ちゃん、菫ちゃん!」 目を開けると心配そうな琥珀さんの顔。 「あれ、私…」 「凄いうなされてたよ」 そうか、夢… 前世の記憶と言うか感情みたいなものが蘇った。 みんなにあとで話そう。 「今朝は珊瑚がフレンチトースト作ってくれたよ」 「食べるっ!!食べる食べるっ!!」  私は飛び起きてダイニングに向かった。 卵と牛乳とバターの香りが鼻を擽る。たまらない。 「姫〜っ!おはよ〜っ!」 「おはよう菫」 「…おはよう」 琥珀さん以外は女の姿で、茜と雪はもう身支度を済ませていた。 珊瑚はトレーニング終わりで、スポーツウェアだった。 「んん〜朝からフレンチトーストなんてっ!」 「はいはい、今持っていくから…」 席につくとすぐに、半ば呆れながら、珊瑚が焼きたてのフレンチトーストを持ってきてくれた。 柔らかく鼻をくすぐるような匂い。はちみつをかける前に一口食べてみよう。 「ん〜美味しいっっ!!」 「…オーバーだなぁ」 そう言いつつも、いつも険しい珊瑚の表情が緩んだ。 「あのね、また記憶?というか感情?みたいなものが戻ったというか…夢を見たの」 「おお、どんな?」 私は4人に今朝の夢の内容を話した。 「姫様はいつも悩んでたからなあ、力あるが故に…」 「だんだん、前世にシンクロしていってるのかもね。いい兆候だと思う」 「…それでね、思ったんだけど…本家に今度の休み行こうと思うの」 4人とも驚いた様子でこちらを見ている。無理もない。絶縁状態と言ってもいいくらいだったからだ。 「母さんは本家とモメたかもしれないけど、私は次期当主なわけでしょ。いずれ行かないと」 「でも、時期尚早じゃ…」 「100年以上ある家なんでしょ?懐かしくていろいろ思い出すかもしれない」 幼い頃に何度か行ったことあるが、母さんがお祖母ちゃんお祖父ちゃんと喧嘩ばかりしていて、じきに行かなくなってしまっていた。 「うん、みんな喜ぶと思うよ。菫ちゃんに会いたがってる」 「…本家に行くということは、法律管理士を諦めたと取られるかも?」 茜に心配されたが、私は強い口調で否定した。 「…それは違う」 私は諦めない。絶対に… なんとしてでも法律管理士にならないといけないのだ。 「法律管理士は諦めない!けど、本家には行く!」 「まあ、反対する理由はないね」 「菫ちゃんの好きなように」 「姫が行くとこならどこへでも!」 「菫がそう言うなら」 私は、魔力と記憶を取り戻すことも、法律管理士の夢も、どちらも叶えてみせるんだ! 続く
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加