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ナマケモノを飼ったことがある人間など殆どいないだろうから、その経験を期待したものではないだろう。真意の知れない質問は、さらに続いた。
「犬や猫は?」
「ありません」
「動物に対して、可愛いと思う感性はお持ちかしら」
「ないとは言い切れませんが、限りなくゼロに近いと思います。正直、犬や猫、それ以外の小動物も苦手です」
「結構。望ましい資質です」
御堂家当主、御堂朱鷺子は、その立場に相応しく冷たい威厳を漂わせる人物だ。小柄な体を無地の御召で包み、きりりと背筋の通った姿は、とても八十手前の老人とは思えない。軽く頷くだけでも、場の空気を動かすような重々しさがある。
「すでにお話しした通り、一ヵ月間、あなたに私の孫を託します。その間、常に側にいて、可能な限りあの子が望むことをさせてください――我が儘と思われることも含めて。但しそのマイナスポイントも含め、採点してほしいのです。あの子が、類が、自立して生きていけるかどうかを」
朱鷺子は薄手のティーカップを摘み持ち、一口喉を潤すと、そこで初めて微笑みのようなものを見せた。
「自活するための事業計画もあるようです。私たちに言えば潰されると警戒しているのか、頑なに口を割りませんでしたが……。あなたにはきちんとプレゼンするように言ってありますから、そこは特に厳しく見ていただきたい。子守りのような真似を、あなたのような優秀な経営コンサルタントにお願いするのも、そのためなのです」
「なるほど、ようやく合点がいきました」
大事な孫息子の自立のためのテストを、経営コンサルタントである自分が任された理由がわかり、高梨は得心する。
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