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「あなたには厳しく、しかし公平な視点で、あの子の適性を見極めてもらわねばなりません」
張り詰めた弦を弾いたような凛とした声が、改めて依頼内容を告げる。
それは名目上、確かに依頼だったが、実際は指令だった。すでに多額の前金が振り込まれており、正式な契約書を交わした上での取引だが、上に立つ者特有の、有無を言わせない圧を感じる。
高梨治也は、否応なく背筋が伸びるのを感じた。御堂家の女当主とはこれまでも何度か顔を合わせる機会があったが、頼りなげな痩身から発せられる覇気は只者のそれではない。女の身で名門の一族を率いるには、それなりの覚悟と器量を備えていなければ無理なのだろう。
名門と言っても、御堂家の由緒には謎が多い。
わかりやすい何某の末裔でもなく、明治以降に興った財閥家でもない。維新後に突如その名は現れ、密やかに時の権力者と結び付き、手厚い愛顧を受けて今の地位を築くまでになった。百五十年以上に及ぶ財と人脈の蓄えが、御堂家の資産であり商売道具なのだ。
複数の会社を持ち事業を展開する今も、なるべく御堂の名は表に出していない。そのうちの数社は株式公開しており、四季報には大株主として一族の名前がずらりと載っているが、株に興味がある人間でも、「地方の金持ち」もしくは「創業者一族」くらいの認識しかないだろう。
「高梨さんは、ナマケモノを飼ったことはありますか」
「いいえ」
不意に掛けられた問いに、高梨は穏やかな無表情を貫いたまま即答する。飼ったことどころか、実物を見たこともない。即答しても失礼にならない簡潔な質問は、高梨の好みだが、何を意図してのものなのか。
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