cat nap(1)

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cat nap(1)

  一 「嘘……でしょ?」  テレビのニュースにチャンネルを合わせると、見覚えのある一軒家が映っていた。積もっている雪の厚みですぐに北海道だとわかる。青い屋根の平屋造り、寂れた赤い郵便受け、割れた鉢植え、壊れた牛乳箱、白い軽自動車。  思わず時計を確認するが、今はローカル番組の放送時間ではない。 「昨夜午後九時十分頃、北海道H市の住宅で、無職の大平麗香さんが血を流して倒れているのが見つかりました。大平さんは病院に運ばれましたが、同日午後十一時三十分に死亡が確認されました」  私の親友の名前は『大平香織』。母親の名前は『麗香』だ。画面下には『速報・北海道で女性の刺殺体』とある。 「大平さんは腹部に数ヶ所の刺し傷があり、玄関には鍵がかけられていました。室内で凶器の包丁が発見されていることから、警察は殺人事件とみて詳しい捜査を進めています」 「香織が……殺した?」  注いでいたミネラルウォーターがグラスからあふれ、テーブルの上からぽたりぽたりと落ちた。私の足元に寝転んでいるのが香織の愛猫『ミケ』だ。画面下のテロップが『近所に住む女性』へと変わり、白いダウンジャケットを着た上半身だけが映し出される。顔にはモザイクがかけられていた。 「家族仲は良かったと思うよ。旦那さんはあまり帰ってきてないみたいだったから、娘さんと二人ぐらしだったの」  旦那さん、とは香織のお父さんのことだろうか。 「いつも挨拶してくれる優しい娘さんでね。二年前だったかな、おばあちゃんが亡くなったの。認知症で最期は施設に入ったんだけど、それまでは二人でみてたみたいだよ。時々、娘さんが車椅子を押して散歩させてたんだわ」  嘘だ、嘘だ。そもそも私は、香織のおばあちゃんが認知症だったことさえ知らない。  昨日も香織はいつもの笑顔で私の家にやってきた。家族で旅行をするから、ミケを預かって欲しいと。一泊二日でS市に行くと。久しぶりだからと奮発して、高級な旅館を予約したのだと。  こんな……殺人だなんて、絶対嘘だ。  テレビをつけたまま、テーブルの上のスマホを手に取る。いつの間にか私の手は震えてしまっていた。ロック解除のあと、すぐに香織の番号にコールする。 「電源が入っていないか……」  むなしい電子音の後、無機質なアナウンスが流れた。きっと夢だ、これは夢なんだ。  テーブルから落ちたミネラルウォーターが茶色いカーペットに染みて、血だまりのようになっている。ミケは起き上がる気配もなく、お腹を出したまま動かない。ペットボトルを冷蔵庫へ戻し、洗濯機の横にかけた雑巾を手に取る。  そこで、家の玄関チャイムが鳴った。 「香織?」 「俺だよ」  思わず駆け寄るが、インターホンのカメラに映っているのは香織ではなく夫である大悟だ。雑巾を持ったまま、玄関のドアを開ける。 「ただいま~」  のんきに口を開けている大悟を見ていたら、急に全身の力が抜けてしまった。私はその場にへたり込んでしまう。 「どうした?」 「香織が……」  その後は、声にならなかった。
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