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保成氏が指さしたのは家政婦の鈴木だった。
家政婦は保成氏を見て、観念したようにうなだれた。
「申し訳ありませんが、服の袖をまくってもらえませんか?」
保成氏の要請に、家政婦は素直に応じた。
手首には黒く、あるいは赤くなったおびただしいアザがあった。
「ありがとうございました。もう結構です」
保成氏は優しく言った。そしてまた、この家の人々の顔を一人ひとり見ていった。
「あなた方が鈴木さんをかばいたい一心で嘘の証言を述べたことは理解できます。しかし真実を曲げることはできません。警察が来たら、ありのままを素直に申し上げてください」
「わかりました。あなたの言う通りにします」
盆凡が保成氏の目を見ていった。
「あなた方が、何の相談もなく、次々と口裏を合わせていく様は見事なものでした。皆さんは日頃から、鈴木さんが盆太さんからひどい虐待を受けていることを知っていたのでしょう。そして盆太さんが殺されたのを知り、すぐに犯人が誰かわかった将一さんは、見たことのない人物を犯人に仕立て上げたのです」
「その通りです」
「将一さんの発言を聞いた盆凡さんは、その証言だけでは将一さんが嘘を言っていると思われるかもしれない、あるいは将一さんが犯人として疑われるかもしれないと思い、咄嗟に将一さんの発言を裏付ける嘘をつきました」
保成氏の言葉を聞いた盆凡はふっと目をそらした。
「今度は盆凡さんの言葉を聞いた山田さんが、それが事実であると思わせるにはどうすればいいかを考え、カギを無くしたと証言しました」
誠実な執事は小さく頷いた。
「そして鈴木さんは、三人が自分の犯した罪を知りながらかばってくれていると知り、自分もその口裏を合わせなければならないと思い、足音の話をしたのです。違いますか?」
保成氏はその場の全員に問いかけた。
「そうです。あなたの言った通りです」
盆凡が言った。
「盆太さんが部屋にあったローソクや鞭でひどいことをしていた相手は女性とは限りません。しかし、将一さんが犯人を助けようとしていたことで、証言した大男とは逆の人物が犯人だと確信しました」
「私はあの方を愛していました」
保成氏の言葉を受けて話し出したのは、家政婦の鈴木だった。
「でも、あの方は私に対して、何も人間らしい感情を持ってくださいませんでした。私の体をいたぶるだけならまだ我慢できたのですが、私の心まで傷つけることに喜びを見つけ、それがどうにも許せませんでした」
言葉の最後のほうは涙声になり、鈴木は顔を覆った。
その時に、外でがやがやと声がして、チャイムが鳴った。
「おや、意外と早くに警察の方々が来たようですな」
保成氏が言った。
終わり
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