不良退治の女子高生

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 その街では近年、不良が増加していた。  不良同士の抗争が頻繁に起こり、街の人々は夜な夜な外に出歩けない状況。  暗雲に包まれた街の夜道を、彼女は堂々と歩いていた。狐の仮面を顔に被って。  ーー午後九時、塾帰りの生徒が一人、人気のない夜道を歩いていた。襲われれば救いなどなく、暗い道。  案の定、彼の行く手を塞ぐようにリーゼントの男の集団が現れた。後ろに逃げようとしても、背後も既に包囲されている。  前後合わせて二十ほど。その全員が喧嘩慣れしている、というより襲い慣れしている集団だ。 「な、何の用ですか」  脅えた声音で言う生徒に、男たちは嘲笑うように声高く嗤っていた。 「おいおい、しょんべん漏らしてないよな」 「脅えるのはまだ早いだろ」  複数の男に囲まれ、男子生徒は足を震わし、しりもちをついた。 「はははっ、脅えてやがるぜこいつ」 「早く絞めてやりましょうよ」 「痛みを味合わせてやりましょうぜ」  男らはただ楽しんでいた。  集団という強者で弱者をいたぶり、徹底的に勝利する構図を。 「影沼、ボコしてやれ」 「じゃあ俺が絞めてやりますよ」  黒髪ストレートの男が男子生徒へと向かった。男子生徒は足を震わし、逃げることもできない。  影沼は拳を鳴らしながら、不敵な笑みで近づいていく。 「さあ、痛めつけてやろうか」  影沼は男子生徒の顔に拳を一発入れようとしたーー瞬間ーー刹那の素早さで女子高生が一人影沼の頭部に蹴りを入れた。  蹴りをモロに受け、後ろにのけ反った。 「誰だ」 「あーあ、せっかくタピってたのに、気分台無しだよ」  タピオカを飲みながら、スマホをいじっている女子高生。  黒髪の長髪、容姿端麗で凛々しく、黒い制服を着ている。  不良の集団に脅える素振りを微塵も見せず、ただ通学路を歩くように平然とそこに立っている。 「あれ、通学路塞ぐなんてまじ激おこ。早く家に帰ってパリピろうと思ったのに」 「パリピパリピってうるさいな」 「炎上案件ですか。仕方ないから相手してあげますよ。なるはやで頼むよ」  女子高生はタピオカをカバンの中にしまい、手首の伸びをしていた。 「影沼、ボコせ」  後ろにいる番長が影沼に指示を出す。  不良を束ねている番長も女子高生には怒りの視線を向けている。それは影沼も同じことだった。 「一発入れてくれたんだ。倍返しにしてらぁ」  影沼が勢いよく飛びかかる。女子高生の間合いに入ったーー次の瞬間ーー女子高生は円を描くように回転し、影沼の頭部に激しい蹴りを入れた。  影沼は地に倒れ、寝転んでいる。 「影沼さん……?」  たった一撃で影沼が倒されたことに驚きを隠せず、不良たちは動揺していた。 「何ひよってやがる。敵は一人、数で潰せば楽勝だろ」  威勢良く番長は叫んだ。  その言動に女子高生は心の底から微笑んだ。隠そうとしていた笑いが一気に込み上げてくるように。 「君たちが私に勝つ?無理ゲーっしょ」 「お前ら、その女を潰せ」  番長の合図とともに一斉に襲いかかる不良たち。しかし女子高生の動きは捉えられぬほど素早く、圧倒的な速さで不良たちを蹴散らしていく。  最初は二十ほどいた不良が、ものの数秒で六人程度に減らされている。 「エモいな君たち。詰んだと分かっておきながら、まだ戦い続けるのかな」  女子高生の言葉に動じながらも、不良らは飛びかかった。  だがーー 「ぴえん越えてぱおん越えて飛び膝蹴り」  女子高生の蹴りにより、残りの不良も一掃された。  その場に生還しているのは、不良の番長ただ一人。圧倒的戦力差をただの女子高生に覆され、恐怖と苛立ちの混じった感情を味わっていた。 「君が番長くんかい?」 「お前、よくもやってくれたな。俺の部下をこんなにも軽々と倒してくれるなんて」 「倒すも何も、君が悪事を働いたから私が静止の一撃を入れただけじゃん。なのにまるで私を悪者のように、そういうのさ、私が一番嫌いなタイプだよ」 「俺もてめえごとき殴って痛めつけてボロボロにして、もう二度と起き上がれないようにしてやるよ」  番長は威勢良く叫び、拳を構えて女子高生に駆け込んだ。 「さて、スーパー必殺技でケリをつけようか」 「おらぁぁあああああ」  番長は女子高生目掛けて拳を振り下ろした。だが女子高生は身軽な動きでそれをかわすと、至近距離まで迫り、足を振り上げた。そのまま回転し、流れるような蹴りを番長の頭部に入れた。 「名付けて、マジ卍」  女子高生一人に、不良二十人が敗北した。  その強さたるや、女子高生の皮を被った獣だ。 「私しか勝たンゴ。君の敗北は決したンゴ」 「て、てめえの強さは何なんだ……」  意識を朦朧とさせながら、番長は女子高生に訊いた。 「はにゃ?ワッツ構文は苦手なんだよね。ひとまず私はフロリダするから、じゃあね」  振り返り、不良たちに背中を向け、女子高生は何事もなかったかのように通学路を歩き去っていく。 「そうだ、一つだけ君たちに手向けの言葉を渡そう」  振り向き、倒れる不良らに彼女は呟く。 「悪気はないけどごめんなさい」  そう言い残し、スッキリしたように彼女は家路を進み続けた。  台風のように戦場を荒らし、台風のように過ぎ去った。  それから数日、その事は街中に知れ渡っていた。  たった一人の高校生、それも女子高生が不良集団を圧倒したと。それから女子高生の目撃談が相次ぎ、この街にはびこる不良集団は次々と壊滅させられた。  すべてーーあの女子高生の手によって。  だがある日、街中を震撼させる事件が起こる。  この街を根城としていた暴力団の事務所に女子高生が乗り込み、一夜にして壊滅させたという事件。  一見女子高生のいつものような武勇伝に思えるが、街が崩壊する予兆でもあった。  襲われた暴力団、彼らは狂暴にして恐ろしい。  彼らは鬱憤を晴らすため、全軍を率いて街を荒らして回った。 「お前ら、この街にいるすべてを破壊しろ。子供大人、男女問わず、すべてに傷を与えよ。そして何と言っても、あの女子高生に仕返しをしないとな」  暴力団により、既に商店街が廃墟のように荒らされた。  野菜を売っていた八百屋には野菜が踏みつけられ、錯乱し、服屋では服がビリビリに破かれて足跡がいたるところにつけられている。ゲーム屋はゲーム機を壊され、百均は商品を破損されている。  彼らにより、負傷者が多数出ていた。  街は彼らにより、次々と破壊されている。  ーー聖ヨルエル高校  そこは女子高であり、何といっても暴力団が真っ先に狙っている場所でもあった。  現在そこでは平常通り授業が行われている。 「ねえ神呪(かんのう)ちゃん、ここの問題分かんないんだけど」 「ああ、そこは微分を使うんじゃなくて積分を使うんだよ」 「ああ、そっちか。ミスっちゃった」  神呪の前の席に座っている百合崎(ゆりさき)は再び問題に向かった。  神呪はと言うと、窓の方を見て何やら驚いている。 「……まさか」 「神呪ちゃん、どうかしたの?」 「いや……あれ……」  神呪が視線を向けている先には校門がある。校門は固く閉ざされ、侵入者を固く拒んでいる。  しかしそこへと進んでくる集団があった。 「何あれ?」  百合崎は集団が何なのか分からず、首を傾げる。  しかし神呪は分かっていた。その集団は危険な存在であることに。 「神呪ちゃん、あれって何?」 「あれは……暴力団だ」 「暴力団!?」 「まさか、報復をしに……」  神呪は焦っていた。  生徒たちは暴力団の集団に気づき始め、教室がざわつき始めていた。  ざわつきの中、教室の扉が勢いよく開けられ、そこから教師が慌てた様子で立っていた。 「皆、今すぐ体育館に避難してくれ」 「何かあったのですか?」  授業をしていた先生が慌てる教師に問いかける。  おぞましい形相で教師は答えた。 「暴力団が、うちの学校に乗り込もうとしている」  教室がざわつき始めた。  それもそのはず、暴力団が乗り込もうとしているのだから脅えないはずがなかった。  しかし、ただ一人冷静に窓を見る生徒がいた。 「神呪ちゃん、一緒に行こ」 「いや……百合、私は行かなきゃいけない場所がある」 「行かなきゃいけない?今は体育館に行かないと」 「違う。私には果たすべき責任と、犯してきた業がある。私は責任を果たすために、頑張ってくるからさ」  体育館へと向かう生徒の流れに逆らい、女子高生が一人、孤独な戦いに身を歩ませる。 「ーーさて、報復には報復を」  その頃、暴力団の一団が校門の前で足を止めていた。  暴力団の前に立っているのはリーゼントの集団。 「お前ら、何だ?」 「俺たちの(縄張り)を荒らしてんじゃねえよ」  男たちは叫ぶ、己を鼓舞する。 「なあなあ、ある女子高生を探しているんだけどさ、知らない」 「女子高生?」  彼らは知っている。  一度直接対面し、戦っている。  颯爽と現れた彼女は颯爽と戦場を荒らし、圧倒的力を見せつけた。  偉業を成し遂げた彼女のことを忘れるはずもない。 「そいつを見つけて、どうするつもりだ」 「八つ裂きにして殺すんだよ。肉塊を一片も残さないほどぐちゃぐちゃにして、ぶっ殺すんだよ」 「なら見逃せないな。お前らの進軍は、この俺が食い止める」 「お前ら、そこにいるガキどもを潰せ」  高校生のリーゼント集団に対し、相手は体格が一回り上を行く暴力団。  大人の拳が振るわれる度、リーゼント集団は次々と吹き飛ばされ、全滅した。 「脆い。ただの高校生が大人に勝つなど無理に決まっているだろうが」  組長は微笑しながら、番長の頭へと蹴りをいれた。  だが番長は突如起き上がり、組長の足にしがみついた。 「この街は俺の縄張りだ。お前なんかに汚させてなるものか」  番長、彼は血を流しながらも戦い続けた。  既に疲弊し、息も乱れ、立っていることすら限界であるはずだった。しかし彼は足を掴んで離さず、未だ戦おうとしている。 「邪魔だな、お前」 「こっちの台詞だよ」 「俺は女子高生に用がある。お前なんかには用はない」 「それだけのために、お前はこの街にこれほどの被害を……。お前は、この俺が許さない」  足を掴んだまま振り上げ、組長の胴体は宙に浮かび上がる。そのまま力のままに地面に強く叩きつけた。  初めて渾身の一撃を与えた番長は、やってやったとばかりに微笑する。 「ったく、やってくれたな」  立ち上がる組長に対し、番長は指の一本も動かせないほどに疲弊していた。 「お前は俺がぶっ殺してやるよ」  組長が懐から取り出したのは包丁、銀色に輝く刃に番長は背筋が凍るような思いに駆られる。  避けることもできない状況でそれを向けられれば、死を覚悟するしかなかった。 「死ね」  包丁が振るわれたーーがしかし、包丁は放物線を描いて地に堕落した。  番長の前には、彼女がーー女子高生が立っている。 「数日前まで、私はお前をただのクズ野郎だとばかり思っていた。しかし、今の君は何百という女子高生を救った英雄だ。397(サンキューな)、番長先輩」 「やっと、来たのか……」  彼女は力尽き倒れる番長を抱え、優しく地面に寝かせた。 「さて、君たちへとどめを刺そうか。既に警察は呼んであるが、一度私の手で罰を与えなければ気が済まないのでな」 「お前に俺たちが倒せるか。お前ら、潰してしまえ」  組長はまだ目の前にいる女子高生が事務所を襲った相手だと気付いていなかった。そのため、宙を舞う何人もの仲間を見て絶句した。  すべての仲間がたった一撃で葬り去られた。 「エンドロールは、いらないよな。ワンチャン生き残れるかもっていう浅はかな期待は抱かない方がいい。お前は既に詰んでいる」  詰み将棋よりも詰んでいる。  彼女を怒らせた時点で、命などないに等しい。 「多くのものを傷つけて、私の世界を愚弄した。滑稽にして憤怒すべき対象だ。半殺しになる覚悟はできているか」  降り積もる殺意があった。  雪のように降れば一瞬で街全土を覆ってしまうほどの降り積もる殺意が。  街の人を傷つけ、その上友達までもを傷つけようとしたーーその大罪を報いらせるために。  赤い瞳、恐怖の眼差し、恐ろしい殺気。  女子高生、などではない。そこにいるのはーー怪物だ。 「じゃあ、さよならだ」  次の瞬間、組長は頭部に激しい痛みを感じ、意識を失った。何もかもが一瞬で壊されたような強者の一撃。  強い、ただそれだけが組長には感ぜられた。  今回の事件は彼女によって終焉を向かえた。  今回の騒動を起こした暴力団のメンバーは全員逮捕され、一件は落着した。  ーー聖ヨルエル高校  いつも通りに授業が行われ、平和極まりないものだった。  授業中の教室に、彼女が遅刻して登校した。 「おかえり、神呪ちゃん」
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