猫はバズる

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 動物病院に着き、獣医さんと看護師さんに状況の説明をした。私のしどろもどろな説明にも熱心に耳を傾けてくれて、それだけで私は涙が出そうになった。からしが食べてしまったおもちゃを見せると、そのおもちゃをインターネットで検索してくれて、だいたいの紐の長さを推理してくれた。簡単なことだけど、私にはそんな方法さえ浮かばなかったのだ。獣医さんは落ち着いた声で、ゆっくりと話してくれた。 「この感じですと、飲み込んだ紐の長さは極々小さいものだと思います。とりあえず、自然に排泄されるのを待ってみましょう。もし、いつもと様子が違う……例えば食欲がなかったり、嘔吐を繰り返す場合は連絡をください」 「はい、ありがとうございます」 「それと、猫は紐を誤飲しやすいのでおもちゃには注意して下さい。紐が腸の中で絡まったりすると、命に関わります。開腹手術が必要になるケースもあるので、おもちゃは出しっぱなしにしないでください」 「……はい、ごめんなさい」  からし、ごめんね。一成だけじゃない。私も悪い。空気が悪くなるとか、結婚がとか、色々なことで理由をつけて、話さなきゃいけないことを話してなかった。からしのこと、守らなきゃいけないのに。 「ごめんね……」  からしは私の方を見ると、ゆっくりと瞬きをした。        *** 《からしちゃん、可愛い!!》 《もっとこっち向いて~》  ライブ配信の視聴者は150人。私はある程度有名な動画投稿者になっていた。今日は視聴者さんとリアルタイムで話をするライブ配信の日で、画面内にはせわしなくコメントが流れている。 《それにしても、紐がちゃんと出てきて良かったですね》  視聴者のコメントに私は大きく頷く。 「本当に良かったです。私がバカだったせいで、からしには迷惑かけて……。病院に行ってから、からしのうんちが出る度半泣きでほぐしてました。紐が見つかった時には、やったー‼ ってお宝でも見つけたような気分でした」  私がそう話すと、コメント欄にはたくさんの「笑」が流れていく。 《それで、当時の彼氏さんとは別れたんですか?》 「うん。やっぱり考え方が合わなかったみたい。いいところも、もちろんある人なんだけど……こればっかりは仕方ないね。からしを買ったお金とかで少し揉めたけど、全部払ったら納得してくれました」 《ええー! それってけっこうな金額にならない?》 「そりゃあ安くはないですよ。でも、お金に代えられないものってあるじゃないですか」  音も立てずに、からしがソファーに乗ってくる。 「このチャンネルだってそう。私の失敗したことを伝えたくてやりはじめたんですけど、今ではたくさんの人とこうやって話ができること、本当にありがたいことだと思ってます」 《Ayaさんの動画はありのままの姿を投稿してくれているから好きです。私も猫を飼っているんですが、猫のおもちゃや環境について見直すことができたので、本当に感謝しています》 「わ、嬉しい! こちらこそありがとうございます。私もそうだけど、今って誰でも動画を投稿できるじゃないですか。それ自体は全然悪いことじゃないと思うんです。その結果がお金儲けに繋がったとしても。だけど、猫の幸せを願えるような、そんな動画であってほしいと私は思います」  横で寝転ぶ、あの日よりずいぶん大きくなったからしのあごを撫でる。気持ちよさそうにしていたのに、気分屋なからしは急に起き上がり、ひとりで遊び始めた。 《Ayaさん、恋愛相談してもよろしいでしょうか》 「はい、どうぞ!」 《同棲している彼氏が、猫に冷たくて……》 「――あのね、猫を大切にしない男とは別れなさい‼」  私がお決まりの台詞を話すと、からしはカメラの前を優雅に横切っていった。
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