63人が本棚に入れています
本棚に追加
春風に吹かれ、踊り歓喜に沸く人々に反してアダルウォルフは今尚──
涙の跡が絶えない彼の頬を春風は撫でるが、哀しみを拐う事までは出来ないのだろうか。
風が様々な花の薫りを彼の鼻先に供してくる。
ラベンダー、アネモネ、パンジー。
どれも良い薫りだが、アダルウォルフの気を惹くには能わない。
「スノードロップ……」
艶を失ったアダルウォルフの瞳が窓の方に向けられた。
気力を呼び覚ます忘れられない薫り。
唯一彼が求める薫り。
指先から持ち上がり、徐々に身を起こす。
脇卓に置かれたベルが久しぶりに鳴らされた。
殆ど無意識の行動だった。
従者を呼びつけたものの何を命じて良いかと暫し考え込む。
「着替えを! 」
威厳には程遠いが声には張りがあった。
最初のコメントを投稿しよう!