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syringa vulgaris
聖なる鐘が鳴り響いている。ここは聖都。神様の坐す都。
見渡せば至る所に乱立している絢爛なる細い塔。これらは神を讃える為に建立されたという。天まで届けと言わんばかりに起立しているが、吹けば飛ぶように華奢に見える。
少女は耳を澄ましていた。鐘の音と小鳥の囀りに混じり、彼方の空から微かに歌が聞こえてくる。
レクイエム・エテルナム(死者に永遠の安息を)の出だしで始まる鎮魂歌。典礼の哀歌だ。当然だが少女の為に奏でられているわけではない。しかし心に染みる。
高台広場にと続く階段が見えてきた。少女の鼓動が痛い程に高鳴り始める。息苦しさにむせていた。終わりの時がきたのを悟っている。背筋は冷たい。意識が遠く、まどろんでいく。このまま気を失うことができたなら、少女にとって、どれほどに楽だろうか。
その瞬間だった。少女の心臓が、どくんと大きく収縮する。高台広場に起立する木柱が、網膜に焼きつくように飛び込んできた。見開いた瞼は閉じることを忘れている。辺りが真っ赤に染まっていく。
がたがたと鳴る車輪の音が無情に響く。あの柱が私の死。少女は心の中でそう呟いた。途端に涙が溢れてくる。涙腺はとっくに崩壊していた。しかし今までとは比にならない量の涙が溢れ落ちてくる。群衆達が口を揃えて「ラ・ファ! ラ・ファだっ!」と叫んでいる。怖い、怖い――
少女に下された判決は、無情にも火刑、火炙りだった。しかし少女はまだ幼い。それではあまりにもと老議会から批判が噴出した。
生きたままの火刑、その苦しみは筆舌に尽くしがたいもの。被刑者は地獄の苦しみを味わうことになる。
結果として磔後に、ガロット(鉄製の刑具)による絞首刑。その後に遺体を火刑に処するという、手の込んだ温情刑が少女には執行されることになった。それでも体を焼かれるのだ。
この国には火葬の風習などない。それはとんでもないことである。火葬されてしまっては、来るべき審判の日に、復活を果たすべき自身の肉体を失ってしまうことになる。神の身許で暮らすことができなくなる。
乾いた風が肌を撫でるように吹き抜けていく。少女がしゃがみ込む檻車の中に、ライラックの甘い香を運び込んでいた。
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