第一章

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 妹が自分の実子ではないと知ってからも、父の妹に接する態度は、表向きはなにも変わらなかった。  九年間も育ててきたのだ。いくら血の繋がりが無いと分かったからといって、今さら親子の情は消えないのだろう。父はこれからも、これまでと変わらず家族をやっていくつもりなのだ。だからこそ、妹の実の父親が誰かについて、私にも何も言わないでいるのだ。  私は、そう信じたかった。私にとっては、父と妹のいずれも大切な家族なのだ。その二人の間に、憎しみがあって欲しくはない。  だが、母が出て行ってから初めて迎える妹の誕生日、私は見てしまったのだ。   その日、父は大きなケーキを買ってきた。「誕生日おめでとう」とホワイトチョコで書かれた板チョコが乗っている、イチゴのケーキだ。  私の誕生日には私が好きなチョコレートケーキを、妹の誕生日には妹が好きなイチゴのケーキを買ってくるのが恒例で、母の姿が無いという点以外はそれまで通りの誕生日に、私は内心で胸をなで下ろしていた。  三人でケーキを切り分けて食べた。  妹はおとなしい性格で体も弱く、母が出て行ってからはなおさら元気が無かったが、この日ばかりは笑顔でケーキを頬張っていた。私自身もまた、そんな妹の様子を見て頬が緩むのを感じ、そして父もそうだろうかと思って何気なくその顔を見上げた。  父は――で、ケーキを頬張る妹を見ていた。  なぜ俺が、お前の誕生を祝わないといけないのだ。  なにが、誕生日おめでとう、だ。  お前がこの世に生まれてきたことに、めでたいことなど何一つとして無い。  父の顔には、そう書かれていた。  父のその顔を私が見たのは、ほんの一瞬のことだった。父は私が自分の方を見ていることに気づくと、すぐに嫌悪に満ちたその表情を消し、良い父親そのものといった風の穏やかな笑顔を作りあげた。  私は、自分が見たものが何かの間違いだと思いたかった。  父を疑う私の心が見せた幻なのだと信じたかった。  だが、いくら自分にそう言い聞かせても、あの日に見た父の表情は脳裏に焼き付いて消えなかった。
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