第二章

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第二章

 冬のある日、この地域には珍しく、激しい雪が降った。  このあたりは寒い地域ではあるものの、湿気を含む海からの風が山に遮られる立地であるため、例年は雪が降ってもせいぜい地表を薄く覆う程度というのが常だった。しかしこの日、午前中から降り始めた雪は夕方には厚く積もっていた。  毎年豪雪に見舞われるような地域では除雪車などの対策も万全なのだろうが、この近辺ではこれまでなかったことであるためろくな備えがなく、村外の高校に通っていた私は帰りのバスが雪のせいで運行停止になってしまい往生した。    結局、私は高校近くに住む友人の家に泊めてもらえることになったのだが、自分の問題が片付くと妹のことが気にかかった。  ここ数日の急激な気温低下が体に障ったのか、もともと体の弱い妹は昨日から熱を出して寝込んでいたのだ。  友人の家に泊めてもらうことを伝えるため父に電話をかけた際に尋ねてみると、妹の熱はまだ下がっておらず、明日になって道路が除雪されたら車で病院に連れて行こうと思っているという。  心配だったが、今の私にできることはない。  電話を切って溜め息を一つ吐いたところで、背後から友人に声をかけられた。向こうにはこちらを驚かせようという意図は特に無かったようなのだが、不意を突かれた私は思わず大きな声をあげてしまう。そして友人の方も私のその反応に驚くというコントのようなやりとりを経た後、せっかくだから録り溜めたまま見ていなかった映画をいっしょに見ないかと誘われた。良い気晴らしになりそうだったので、私も賛成した。 「せっかく大雪の日なんだし、こういうの見るのが風情(?)があるじゃん」  そう言って友人が選んだのは、吹雪で外部との連絡が途絶した山荘で次々と殺人事件が起こるというミステリーだった。一人だととても怖くて見られないような内容だったが、友人といっしょだったことや、真相がまったく想定していないものだったこともあり、意外と楽しめた。  私がそのようなことを言うと、友人はなぜか得意げに胸をはって言った。 「そりゃあもう! クローズドサークルものじゃトップクラスの一つと言われてるやつだからね!」  その様子を見て私は、録り溜めたまま見ていなかったというのは友人の嘘で、本当は繰り返し見ているお気に入りの作品をこれを機に布教しようと考えたのではないだろうかとうっすら思ったが、その点については触れず、代わりにクローズドサークルとは何なのかと尋ねた。 「今回のやつみたいに、外との行き来ができなくなった状態で事件が起こる話のやつだね。吹雪の山荘以外だと、嵐の孤島なんかがよくあるパターンかな? 外から来た強盗かなんかが被害者を殺してそのまま逃げたとか、そういう無粋な可能性をロジカルに否定して犯人はこの中の誰かだ!って言えるからさ、本格推理にはもってこいの舞台なんだよね」 「でもさ、それって犯人の立場からすると、今のこのタイミングで人を殺したら少ししかいない容疑者の中に自分も入っちゃうって時にわざわざ殺してることになるじゃん。私が犯人だったら、吹雪とか嵐がやむまで待ってからやると思うけど」 「いやいや、ちゃんと考えて作られてる話では、犯人側にとってもその時がまたとないチャンスになってるんだって。今なら一人目のターゲットを殺しても他のターゲットがどっかに逃げちゃったりしないし、ターゲット全員を殺す前に警察に邪魔される心配も無い、とかさ。今見たやつだってそうだったじゃん」  友人のその言葉を聞いた時、ふと思った。  雪に閉ざされ、外部からの邪魔が入らない。  それはまさにあの村の……もっと言うなら、私達のあの家の、今の状況じゃないか。  ぞわり――と、肌が粟立った。  あの誕生日の父の顔が、脳裏に浮かんだ。
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