第一章

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第一章

 私達の村は、年々人が少なくなっている。  そして、老いていっている。  いつの間にか、村で子供と呼べるのは私と妹の二人だけになっていた。  小さい頃によく遊んでもらった年長の子供達は皆、私より一足先に子供を卒業して若者となり、進学や就職を理由に村を出て行った。  そして私自身もまた、遠からず子供から若者になる。そうなったら、私もまたこの村を出て行くのだろうか。  父と、母と、妹を残して。    そんな風に考えていたのだが、しかし私達を残して先に村を出て行ったのは母の方だった。  母には、何年も前から男がいたのだ。そしてその男が村を去った時、男を追って母もまた出て行ったのである。  村での生活を捨ててしまえるほどに、その男を深く愛していた――というよりはむしろ、村での生活を捨てたかったことの方こそが根底にあり、その男は理由に使われただけではないか、と私は思っている。  私達一家は私がまだ幼い頃、自然豊かな田舎での〝丁寧な暮らし〟に憧れて、都会からこの村へと移ってきた。  移住に積極的だったのはどちらかというと母の方で、何につけても自分の意見を強く主張することがない父は、母に強く押されて移住を受け入れたのだという。  しかし結局、村での生活に馴染んだのは父の方だった。自らが強く望んだことではなかったからこそ、とりたてて幻想も抱いていなかったのがかえって良かったのだろうか。  対照的に母は、自らが思い描いていた美しい幻想と現実の乖離に気づき、早々に幻滅することとなった。母にとってロハスな田舎暮らしはお洒落の一環で、しかし実際には、この村での生活はお洒落とはほど遠いものだったのだ。  もともと我が家は村のはずれに位置していたが、村から人が減っていくにつれ、一番近い家でも歩いて三十分はかかるようになってしまった。しかも、残った村民の多くは年寄りだ。  根っからのお洒落好きで、ついでに同世代との交流も好む母にここでの生活が合っていないことは子供の私の目から見ても明らかで、どうして母自身が移住してくる前に気づけなかったのかとすら思う。  しかし自らが強く推して移住を決め、家まで買ってしまったとあっては、さしもの母も都会に戻りたいとは言い出しづらかったのだろう。SNSでさんざん、自分はロハスで素敵な暮らしをおくっていると友人達にアピールしてしまっているとあっては、なおさらだ。  けれど心の内では、きっと不満が溜まっていっていたに違いない。  そして、そんな時に、あの男が村へやって来たのだ。  その男もまた母と同様、田舎暮らしに憧れを抱いて移り住んできた人間だった。引っ越してきたのは私がまだ小学校の低学年の時だったから、十年近く村にいた計算になるだろうか。  それなりに頑張ってここでの生活に馴染もうとしていたように私には見えたが、元から村にいた若い人達が次々と村を離れていく様子を見て思うところがあったのだろうか。結局は、彼も村を去った。  そしてその時に、私達の母もまた、村を出て行ったのだ。  父と、私と、妹を残して。  ここまでは、まだ良かった。  いや、良くはないのだが、この後にもっと最悪な展開が待っていた。  妹の父親が、母とともに村を去ったあの男だと判明したのだ。九歳という妹の年齢から考えると、あの男が引っ越してきて間もない時から二人は関係を持っていたことになる。  自らの強い意向で移住を決めた手前、家庭内では田舎暮らしの愚痴をこぼしづらかった母にとって、都会からやって来たあの男は話し相手にもってこいだったのだろう。そして、そうこうしているうちに意気投合し、ついには深い関係へと発展してしまった――おおかた、そんなところではないだろうか。  不倫相手とともに村を去るにあたって母が妹を連れて行かなかったことを考えると、母自身は、もしかすると妹が父と不倫相手、どちらの血を受け継いだ子なのか確証を持っていなかったのかもしれない。  しかし父は、母が出て行ってすぐに、それを確かめた。  妹との親子関係について、DNA鑑定をしたのだ。そしてその結果、妹と父の間に血の繋がりは無いことが判明した。  父の部屋でたまたまその書類を見つけてしまった時、私は戦慄した。  十年近くも何食わぬ顔で家族を欺き続けてきた母もさることながら、不倫関係が最近になって始まったものだとは考えず、妹を即座にDNA鑑定にかけた父にもまたそら怖ろしいものを感じた。
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