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「雪が降っているわ」
「そうだね、カトレアナ」
「とても綺麗」
美しい花の咲きほころぶ春よりも、庭に美しい鳥たちが訪れる夏よりも、香りのいい果物が実る秋よりも。
カトレアナは雪の降り積もる冬がいちばん気に入っていた。
「明日の朝にはもう、辺り一面真っ白になってしまうわね」
「そうだね。今年の冬も寒そうだよ」
「降り積もる雪のように」
「……」
「私たちの歩んできた道にも時が降り積もる。二人で付けた足跡も、全てが埋もれて見えなくなってしまうわ」
「カトレアナ」
「私が死んだら、ユアヌはちゃんと町へ帰るのよ」
「カトレアナ」
優しく名前を呼んでから、ユアヌはカトレアナに口付けた。
「カトレアナ、心配しなくてもいいんだ。僕はひとりでもちゃんと歩いていける」
「ほんと?」
「カトレアナのことも忘れたりしないよ。エルフの記憶力はすごいんだから」
「そう」
一瞬、カトレアナの声に喜色が混じり、そしてすぐに恥ずかしそうに目を伏せた。
ユアヌの心の中にずっと存在し続けることを願う。そんな願いが今もまだ自分の奥底にあるのを知ってしまったから。
「だめよ。あなたには幸せになって欲しいの」
――だから私を忘れて。
ユアヌのために言わなければいけないと、ずっと思い続けているその言葉を、今日もカトレアナは口に出せなかった。
どうしても。
俯くカトレアナにユアヌの手が伸びて、優しく髪を撫でた。
温かい手のなかで、言えない言葉は言えないままに、静かに溶けて消える。
「夜も更けた。もう寝ようよ、カトレアナ」
「ええ」
「明かりを消すよ。そして一緒に素敵な夢を見よう」
ユアヌの指先から魔素が緩やかに流れ、カトレアナは深い眠りに落ちていく。
「忘れないよ、カトレアナ。決して忘れない。時がどんなに降り積もっても、僕たちがこれまで生きてきた足跡は、消せやしない」
ユアヌがどんなに優秀な魔法の使い手であっても、カトレアナと同じ速さで歳をとることはできなかった。
二人の歳の差は開き、やがてカトレアナの時間は終わる。
それが分かっていても、カトレアナは恋に落ちた。
ユアヌもまた同じように恋をした。
そして今もまだ、
恋し続けている。
―了―
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