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 さて、吾輩にはここ3か月、親しくお付き合いさせてもらった人間の男、俗語でいう所の「彼氏」なるものがいた。  時制を考慮するならば「元カレ」と言った方が正しいか。  元カレの名前は、字に起こすのも癪なので、イニシャルでMと呼ぶことにする。  このMという男、吾輩のクラスでは大変モテモテであった。  頭脳明晰、運動センス抜群、先生に指摘されないくらいに髪にほんのりメッシュを入れており、人間で言えばイケメンという部類に入るであろう。  その上芸術家肌なところもあり、美術部の部長として、数多くの芸術なんたら賞を取っていた。  放課後になると、美術室の前に雌の人間たちが群がり、顎に指を当てキャンパスに向き合うMの姿に、キャーキャー言っているのである。  かくいう吾輩も、今考えれば愚かなことだが、Mに多少なりとも興味があった。  故に彼から愛の告白を受けたときなど断る理由もなかったのである。  しかし猫というものは、興味のある者には飛びつくが、あまり執拗に絡まれると嫌がって逃げ出してしまうのである。  ましてやMのように、付き合い始めた瞬間、やらしい目つきでベタベタしてきたら猶更である。  発情期の猫でも、ここまであからさまに体目当ての付き合い方はしない。  おまけにMは非常に悪趣味な男であった。  Mの周りには彼と同じく芸術を好む人間が多い。  そして芸術家肌の人間というものは総じてプライドが高いのである。  Mはそんな友人たちに在りもしない名画や偉人の名言を話してみせて、相手があたかも知っているかのように振舞う様子を楽しむのである。  こんなエピソードもある。  付き合って間もないころ、吾輩はMの趣味に合わせて必死で絵画の話題について行こうとした。  彼の描いた水彩画を可愛いと褒めちぎったところ、拘りポイントとして「描く対象によって様々な絵筆を使い分けている」といった話をされたのである。  吾輩も当時はそれを信じきって、彼が説明した絵筆の名前と特徴を覚えたものだ。  そして覚えたての知識を周囲の人間に自慢して周り、1週間が過ぎたところで、Mからあの話が嘘だったということを知らされた。  「そんな筆を水彩画を描くときに使わない。美結が目をキラキラさせて鵜呑みにしてるのが可愛いくて、つい嘘付いちゃった」だそうだ。  何が可愛いものか。  吾輩が騙されている姿を見て嘲っていただけではないか。  Mという男は、そうやって他者を見下すのが楽しくて仕方がない、矮小な男なのだ。  そんなこんなで吾輩の気持ちは冷めていき、付き合い始めてから1か月で別れ話を切り出した。  その時のMの反応はこうである。 「どうしても別れたいなら、せめて、俺からフったってことにしてくれないか」  この時ばかりは怒りを通り越して呆れてしまった。  M自身も結局、薄っぺらなプライドにしがみつく自称芸術家の一人。  学校一のモテ男がたった1か月で振られてしまったなどと、学校の人間に知られたくないのであろう。  吾輩は、好きにすればいい、とだけ言い残して、彼に尻尾を向け立ち去った。
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